父と子と聖霊の御名によって。アーメン。主の平和が皆さんとともにありますように。
主よ、憐れんでください。 キリストよ、憐れんでください。 主よ、憐れんでください。
私たちは今、まるで刻一刻と変わる空の雲を見つめながら、これから降る雨の気配を感じ取ろうとする旅人のような心持ちでここに集まっています。季節は秋を深め、ベンジャミン・ヴォ君が天の国へと旅立ってから四ヶ月という月日が流れました。アランさん、タオさん、そしてライアン君。皆さんにとっての四ヶ月は、どれほど長く、また同時に、まるで昨日起きたことのように鮮やかな時間であったことでしょう。今日、私たちは聖パウロの言葉を通して、神が私たちに求めておられる「一致」と「平和」の絆について深く沈思黙考したいと思います。
聖パウロはエフェソの信徒への手紙でこう訴えます。「謙遜と柔和、寛容と忍耐をもって、愛をもって互いに忍び合い、平和の絆で結ばれて、霊による一致を保つように努めなさい」。この「平和の絆」という言葉を、今日は一つのイメージとして心に留めてみてください。それは、まるでベンジャミン君が愛した航空機の機体を繋ぎ止める無数のリベットや、複雑な回路を繋ぐコードのように、私たちを神の愛という大きな構造の中にしっかりと繋ぎ止めている絆です。飛行機は、その一つひとつのパーツが完璧に噛み合い、互いに支え合うことで初めて、重力に抗い、空を飛ぶことができます。私たちの人生も同じです。悲しみという重力がどれほど強く私たちを地面に引き寄せようとも、私たちは神という「要石」によって、互いに結び合わされているのです。
ベンジャミン君は、まさにこの「絆」を大切にする少年でした。彼は、複雑なAIやクラウドインフラのコードを紐解くときも、家族と食卓を囲むときも、常にその中心に「つながり」を置いていました。かつて、叔父様の病を聞いたとき、彼は自分の全財産である貯金箱を「全部あげる」と申し出ました。実際にそれを壊す必要はなかったし、お金がすべての解決策だったわけでもありません。しかし、その「申し出」という行為そのものに、彼の魂の美しさがくっきりと表れていました。自分の手の中にあるものを握りしめるのではなく、大切な誰かのためにためらうことなく差し出そうとする心。それこそが、彼の心に刻まれた「平和の絆」でした。彼は、損得勘定を超えて愛することを、その短い人生のなかに深く刻み込んでいたのです。
ここで、あえて私たちの心に突き刺さっているトゲについて、まっすぐに向き合わなければなりません。愛する我が子を失った親の胸には、どうしても拭い去れない問いが渦巻きます。「あの時、もっと何かできたのではないか」「自分の見落としがあったのではないか」と、自分を責めてしまう夜があるはずです。アランさん、タオさん、どうか今、その自責の念の石をご自身の胸からそっと下ろしてください。病というものは、人間のいかなる注意や配慮をも超えたところで訪れる、この世のあまりにも深い神秘です。イエス様は、生まれつき目の見えない人を見て「この人も、両親も罪を犯したわけではない」と言われました。あなた方は、ベンジャミンにとって最高のパパであり、ママでした。彼が十五年間、これほどまでに愛され、世界中を旅し、家族の温もりの中でその才能と優しさを花咲かせたのは、ひとえにあなた方の献身のたまものです。神様はあなた方を決して責めてはおられません。むしろ、その深い愛のすべてをご存じであり、あなた方の涙の一滴一滴を御手で優しく受け止めておられます。どうか、ご自身を赦してください。ベンジャミンは、あなた方の愛という最高の土壌で育ち、その魂を美しく開花させました。それは、神様が望まれた通りの、完璧な人生でした。
今日の福音で、イエス様は群衆に対して「なぜ、今の時を見分けることができないのか」と厳しく問いかけます。彼らは空模様や天候の変化には敏感でしたが、自分の目の前で起こっている神の救いの業には盲目でした。私たちはどうでしょうか。私たちは、ベンジャミン君が教えてくれたあの純粋な愛の灯火を、今も燃やし続けているでしょうか。彼は、空を見上げ、飛行機を眺め、未来を夢見ることで、神様の広大な世界を理解しようとしていました。彼は、たとえ辛い時でも、その先に光があることを信じていました。彼が残した「コン・チム航空」という夢。その名前を口にするたび、彼は少年のようにギグッとして笑いました。あの笑顔の中にこそ、神の愛が宿っていました。彼は、空という広大な空間に、自分自身の可能性と、神様が用意してくださった未来を見ていたのです。
イエス様は今日、「裁判官のもとに行く途中で、和解するように努めなさい」と言われます。これは、私たちが他者と、そして自分自身と和解することを求めておられます。私たちは、自分自身を責めるのをやめ、神様の慈しみを受け入れることで、初めて本当の平和にたどり着くことができます。ベンジャミン君は、今、天の国という完成された場所で、私たちがいつか到着するその時を、あの優しい笑顔で待っています。そして、彼が私たちに願っているのは、私たちが悲しみに沈み続けることではなく、再び愛し、再び歩みだすことです。
ライアン君、お兄ちゃんは今もあなたのすぐそばにいます。あなたがこれから歩んでいく人生のどんな時も、お兄ちゃんは天国という一番高い空から、あの優しい笑顔で見守っています。あなたが笑い、自分の翼を広げて新しい空へと飛び立っていくこと。それこそが、お兄ちゃんにとって何よりの喜びです。悲しいときは、ふと空を見上げてみてください。お兄ちゃんが大好きだったあの飛行機が、雲の切れ間に航跡を描いていくように、あなたの歩む道を照らす光が必ず見つかります。あなたは一人ではありません。お兄ちゃんは、あなたが自分の人生という翼を広げ、愛と勇気をもって飛び立っていく姿を、天国から一番の特等席で応援してくれています。
画面の向こうでこの祈りに心を合わせているすべての方々へ。もし今、人生の重い十字架を背負い、夜の静けさの中で涙を流しているお父さん、お母さん、そして傷ついた子どもたちがいるなら、どうか知ってください。あなたは決して一人ではありません。あなたのその苦しみも、涙も、すべて神様の大きな愛のなかに包まれています。私たちは神のものであり、神様は決して私たちを見放すことはありません。私たちは今、ベンジャミン君が教えてくれたあの純粋な愛を、少しずつ自分たちの生活の中に植え付けていくことができます。困っている誰かに微笑みかけること、大切な人のために静かに祈ること、あるいは、ただ空を見上げて「ありがとう」とつぶやくこと。その小さな積み重ねが、ベン君が天国から見守る私たちの、新しい生き方なのです。
ベンジャミン・ヴォ君、あなたの美しい魂は、今、神様の無限の慈しみの中で永遠の安らぎの中にあります。どうか、あなたを愛してやまないご家族を、これからも優しく見守っていてください。そして、いつか私たちが旅路を終えるその時、あなたが一番の笑顔で待っていてくれることを信じています。平和の主が、アランさん、タオさん、ライアン君、そしてここに心を合わせるすべての人々に、深い癒やしと希望を注いでくださいますように。今日、この祈りを終えてそれぞれの日常に戻るとき、ほんの少しだけでいいので、空を見上げてみてください。そして、自分を責める手を止めて、ただ深く息を吸い込んでみてください。ベンジャミンが教えてくれたように、目の前の人に優しい微笑みを向け、ただ今という瞬間を精一杯愛すること。それが、天国にいるベン君が今の私たちに願っていることです。アーメン。
For the intentions entrusted to Ben on our prayer wall:
At the Savior’s command and formed by divine teaching, we dare to say:
天におられるわたしたちの父よ、み名が聖とされますように。み国が来ますように。みこころが天に行われるとおり地にも行われますように。 わたしたちの日ごとの糧を今日もお与えください。わたしたちの罪をおゆるしください。わたしたちも人をゆるします。わたしたちを誘惑におちいらせず、悪からお救いください。アーメン。
主があなたを祝福し、守ってくださいますように。主が御顔をあなたに向けて、平安を与えてくださいますように。父と子と聖霊の御名によって。アーメン。
✝ 全能の神があなたを祝福し、父と、子と、聖霊の恵みがあなたとと もにありますように。アーメン。