父と子と聖霊の御名によって。主イエス・キリストの恵みと平和が、皆さんとともにありますように。
主よ、憐れんでください。 キリストよ、憐れんでください。 主よ、憐れんでください。
私たちは今、広大な空を見上げる旅人のような心持ちで、このみ言葉の前に集まっています。ベンジャミン・ヴォ君が天の国へと旅立ってから四ヶ月。アランさん、タオさん、そしてライアン君。皆さんが日々、その不在という名の静寂と向き合い、時には出口の見えない迷路を歩むような思いで過ごしていることを、私たちは祈りをもって支えたいと願っています。
今日の福音で、イエス様は十二人の使徒を選ばれる前、山に登り、夜を徹して神に祈られました。選ばれたのは、驚くほど多様な顔ぶれでした。漁師もいれば、徴税人も、そして熱心党のシモンもいました。イエス様は、彼らの性格や欠点、その先の裏切りさえもすべてご存知でありながら、彼らを「使徒」として呼び寄せ、ご自身の愛の計画の中に組み込まれました。この「選ばれる」という神秘を、今日はベンジャミン君の人生という鏡を通して見つめてみたいと思います。
ベンジャミン君は、十五歳という若さで、神様によってこの世という舞台に呼び出された、かけがえのない一人でした。彼は、数学やAI、そしてクラウドインフラという、目に見えない論理の世界を愛し、その知性で未来を切り拓こうとしていました。彼が愛した「飛行機」の夢、いつか作りたいと語っていた「コン・チム航空」という名前。その夢を語るとき、彼は少年のようにギグッとして笑いました。彼が目指していたのは、単なる機械の組み立てではなく、空という広大な空間において、人々と人々とを繋ぐという「架け橋」の夢だったのかもしれません。彼は、自分の人生という飛行機を、神様という大きな空へ向けて、まっすぐに飛ばしていました。
ここで、私たちはあえて、皆さんの心を重くしているトゲについて語らねばなりません。愛する我が子を失った親の胸には、どうしても拭い去れない問いが渦巻きます。「あの時、もっと何かできたのではないか」「自分の見落としがあったのではないか」。アランさん、タオさん、どうか今、その自責の念の石をご自身の胸からそっと下ろしてください。病というものは、人間のいかなる注意や配慮をも超えたところで訪れる、この世のあまりにも深い神秘です。イエス様は、かつて盲人について語られた際、それが誰かの罪や親の責任ではないことを明確に示されました。あなた方は、ベンジャミンにとって最高のパパであり、ママでした。彼が十五年間、これほどまでに愛され、世界中を旅し、家族の温もりの中でその才能と優しさを花咲かせたのは、ひとえにあなた方の献身のたまものです。神様はあなた方を決して責めてはおられません。むしろ、その深い愛のすべてをご存じであり、あなた方の涙の一滴一滴を御手で優しく受け止めておられます。どうか、ご自身を赦してください。ベンジャミンは、あなた方の愛という最高の土壌で育ち、その魂を美しく開花させました。それは、神様が望まれた通りの、完璧な人生でした。
今日の第一朗読で、聖パウロは「あなたがたはもはや外国人でも寄留者でもなく、聖なる者たちと同胞であり、神の家族である」と語ります。そして、私たちは「キリスト・イエスを礎石として、霊の働きによって神の住まいとなる」のだと。ベンジャミン君は、まさにこの神の住まいを、その短い生涯で体現していました。彼がかつて、叔父様の病を聞いたとき、まだ十五歳でありながら、自分の全財産である貯金箱を「全部あげる」と申し出たこと。実際にそれを壊す必要はなかったし、お金がすべての解決策だったわけでもありません。しかし、その「申し出」という行為そのものに、彼の魂の美しさがくっきりと表れていました。自分の手の中にあるものを握りしめるのではなく、大切な誰かのためにためらうことなく差し出そうとする心。それこそが、彼という小さな心の中に蒔かれた、神様の愛の種が芽吹いた瞬間でした。彼は、誰に強いられることもなく、自らの内側から湧き出る愛によって、周りの人々の心を温めていたのです。その愛は、今もベトナムの村々にきれいな水を届ける「ギエン・ジョアン・バオティシタ」の井戸となって、生き続けています。彼の愛は、死を超えて、今も喉の渇いた人々の命を潤しているのです。
ライアン君、お兄ちゃんは今もあなたのすぐそばにいます。あなたがこれから歩んでいく人生のどんな時も、お兄ちゃんは天国という一番高い空から、あの優しい笑顔で見守っています。あなたが笑い、自分の翼を広げて新しい空へと飛び立っていくこと。それこそが、お兄ちゃんにとって何よりの喜びです。悲しいときは、ふと空を見上げてみてください。お兄ちゃんが大好きだったあの飛行機が、雲の切れ間に航跡を描いていくように、あなたの歩む道を照らす光が必ず見つかります。あなたは一人ではありません。お兄ちゃんは、あなたが自分の人生という翼を広げ、愛と勇気をもって飛び立っていく姿を、天国から一番の特等席で応援しています。
画面の向こうでこの祈りに心を合わせているすべての方々へ。もし今、人生の重い十字架を背負い、夜の静けさの中で涙を流しているお父さん、お母さん、そして傷ついた子どもたちがいるなら、どうか知ってください。あなたは決して一人ではありません。あなたのその苦しみも、涙も、すべて神様の大きな愛のなかに包まれています。私たちは神のものであり、神様は決して私たちを見放すことはありません。私たちは今、ベンジャミン君が教えてくれたあの純粋な愛を、少しずつ自分たちの生活の中に植え付けていくことができます。困っている誰かに微笑みかけること、大切な人のために静かに祈ること、あるいは、ただ空を見上げて「ありがとう」とつぶやくこと。その小さな積み重ねが、ベン君が天国から見守る私たちの、新しい生き方なのです。
ベンジャミン・ヴォ君、あなたの美しい魂は、今、神様の無限の慈しみの中で永遠の安らぎの中にあります。どうか、あなたを愛してやまないご家族を、これからも優しく見守っていてください。そして、いつか私たちが旅路を終えるその時、あなたが一番の笑顔で待っていてくれることを信じています。平和の主が、アランさん、タオさん、ライアン君、そしてここに心を合わせるすべての人々に、深い癒やしと希望を注いでくださいますように。今日、この祈りを終えてそれぞれの日常に戻るとき、ほんの少しだけでいいので、空を見上げてみてください。そして、自分を責める手を止めて、ただ深く息を吸い込んでみてください。ベンジャミンが教えてくれたように、目の前の人に優しい微笑みを向け、ただ今という瞬間を精一杯愛すること。それが、天国にいるベン君が今の私たちに願っていることです。アーメン。
For the intentions entrusted to Ben on our prayer wall:
At the Savior’s command and formed by divine teaching, we dare to say:
天におられるわたしたちの父よ、み名が聖とされますように。み国が来ますように。みこころが天に行われるとおり地にも行われますように。 わたしたちの日ごとの糧を今日もお与えください。わたしたちの罪をおゆるしください。わたしたちも人をゆるします。わたしたちを誘惑におちいらせず、悪からお救いください。アーメン。
主があなたを祝福し、あなたを守られますように。主が御顔をあなたに向けて、あなたを照らし、恵みを与えられますように。アーメン。
✝ 全能の神があなたを祝福し、父と、子と、聖霊の恵みがあなたとと もにありますように。アーメン。