父と子と聖霊の御名によって。アーメン。主の恵みと平和が、皆さまとともに。
主よ、私たちの弱さを憐れんでください。 キリストよ、私たちの心を開いてください。 主よ、あなたのいつくしみを注いでください。
冷たい雨が窓を叩く朝や、ふと立ち止まった台所の隅で、私たちはときどき、かつてそこに響いていた足音や、聞き慣れた声の残響を探してしまうことがあります。目の前にあるはずの姿がそこになく、ただ静けさだけが広がっているとき、胸の奥が締め付けられるような痛みが走ります。それは誰にも隠せない、隠す必要もない、愛した日々が残した確かな重みです。私たちはみな、この世界という不確かな旅路の中で、大切な何かをしっかりと抱きしめようとしては、手からこぼれ落ちていく現実の前に立ち尽くすことがあります。今日、教会に響く聖書のみ言葉は、私たちが握りしめているその乾いた手に、もう一度、温かい水が注がれるような静かな約束を運んできます。
今日の福音の中で、私たちは静まり返った食卓の光景に出会います。そこは誇り高い人々が集う場所であり、同時に冷ややかな視線が交差する場所でした。招かれた主人の心には、「この人が本当に預言者ならば、目の前にいる女がどんな人間か分かるはずだ」という計算と疑念が澱(おり)のように沈んでいました。しかし、その食卓の後ろに、音もなく忍び入るように立った一人の女性がいました。彼女は言葉を持っていませんでしたが、涙を持っていました。彼女はイエス様のお御足に近づき、その目に溢れる涙で足を洗い、自分の髪の毛で拭い、持っていた香油を惜しげもなく注ぎました。その姿は、決して洗練されたものでも、計算された作法でもありませんでした。それは、行き場のない罪の重みと、それに勝る無限の愛とが交差する、あまりにも剥き出しの人間の一コマでした。周囲の人間は彼女の過去を見て、その汚れた手を見て、石を投げようとしました。しかし、イエス様が見ておられたのは、彼女の過去の過ちではなく、今まさにその心から溢れ出している深い愛でした。
「あなたの多くの罪は赦されている。だからこそ、彼女は大きな愛を示したのだ」。イエス様がシモンに語ったその言葉は、私たちがどれほど自分の正しさや、あるいは逆に自分の不完全さに縛られて生きているかを静かに照らし出します。私たちはしばしば、自分がどれだけ負債を抱えているか、どれだけうまくやり遂げられなかったかという帳簿を心の中でつけ続けてしまいます。あの日、愛するベンジャミンを天の父のもとへ見送ってから三ヶ月が過ぎたアランさん、タオさん、そしてライアン君。皆さんの心の中でも、あの夏の日の記憶や、彼が遺した無数の温かい面影とともに、「もっと何かできなかったか」という声が、時折静寂を切り裂くように響くことがあるかもしれません。ベンジャミンという少年は、私たちが想像するよりも遥かに豊かな知性と、鳥のように自由に空を翔けるような好奇心を持っていました。彼が父親であるアランさんと語り合った航空機への情熱や、いつか自分が創る会社を「コン・チム航空」と名付けたいと言って無邪気に笑っていたあの顔、そして「パパは最高のパパ、面白いパパ」と綴った最後のメッセージは、今も消えない光として皆さんの胸に息づいています。彼は、ただそこに存在するだけで、家族の空気をパッと明るくするような、神様からの美しい贈り物でした。そして、あの十五年の短い歩みの中で、彼は自分の持っているすべてを差し出すことの美しさを教えてくれました。かつて叔父様が病に倒れたとき、彼は自分の大切な貯金箱をそのまま差し出そうとしました。実際にそれを壊す必要はなかったとしても、その幼い胸の中に宿っていた「僕のすべてをあげたい」という無私の願いは、天の父の御前に真っ直ぐに届いています。その愛は今も、カマウの地に建てられた「愛の井戸」の冷たく清らかな水となって、名前も知らない遠くの人々の喉を潤し、彼の優しさをこの世界に静かに流し続けています。ベン君の人生は、何一つ無駄なものなどなく、神様の愛の設計図の中で完璧に美しく結実した人生でした。
だからこそ、アランさん、タオさん、どうか今日、心の中にあるその重すぎる荷物をそっと足元に下ろしてください。病は、誰の罰でもなく、人間のいかなる注意や配慮をも超えたところで訪れる、この世の悲しい神秘です。あなた方が見落としたものなど何一つありません。あの手塩にかけて彼を育て、世界中を共に旅し、 Lourdesの聖堂から東京や北京の街まで、彼をその温かい腕の中で守り抜いた日々は、親としての愛の極みでした。神様はあなた方を決して責めてはおられません。むしろ、その深い慈しみと献身のすべてをご存じであり、あなた方の涙の一滴一滴を御手で受け止めておられます。どうか、自分自身を赦してください。自分を責めるその声の代わりに、今日の福音で主がその女性に告げた言葉を、ご自身の心に響かせてみてください。「あなたの信仰があなたを救った。安心して行きなさい」。
ライアン君。お兄ちゃんは今もあなたのすぐそばにいます。あなたがこれから歩んでいく人生のどんな試練の中でも、お兄ちゃんは天国という一番高い空から、あの優しい笑顔で見守っています。あなたが笑い、自分の翼を広げて新しい空へと飛び立っていくこと。それこそが、お兄ちゃんにとって何よりの喜びです。悲しいときは、ふと空を見上げてみてください。雲の切れ間から、お兄ちゃんが大好きだった飛行機が航跡を描いていくように、あなたの歩む道を照らす光が必ず見つかります。
画面の向こうでこの祈りに心を合わせているすべての大切な方々、そして今、言葉にならない十字架を背負っている子どもたちやご家族の皆さま。主はあなたの涙をご存じです。どんなに暗い夜であっても、あなたの人生に注がれた神様の愛は、決して枯れることはありません。
今日、この祈りを終えてそれぞれの日常に戻るとき、ほんの小さなことで構いません。誰かに優しく微笑みかけること、あるいは自分を責める手を止めて、ただ深く息を吸い込むこと。ベン君がその短い生涯を通じて私たちに残してくれた、あの純粋な笑顔と「挑戦する勇気」を胸に、もう一度、今日という一日を主の愛に委ねて歩み始めましょう。
ベンジャミン・ヴォ君。あなたの美しい魂は、今、神様の無限の慈しみの中で永遠の安らぎの中にあります。あなたの遺した温かい愛の記憶は、私たちの心の中で消えることのない星として輝き続けます。どうか、あなたを愛してやまないご家族を、これからも優しく見守っていてください。平和の主が、アランさん、タオさん、ライアン君、そしてここに集うすべての人々に、深い癒やしと希望を注いでくださいますように。アーメン。
For the intentions entrusted to Ben on our prayer wall:
At the Savior’s command and formed by divine teaching, we dare to say:
天におられるわたしたちの父よ、み名が聖とされますように。み国が来ますように。みこころが天に行われるとおり地にも行われますように。 わたしたちの日ごとの糧を今日もお与えください。わたしたちの罪をおゆるしください。わたしたちも人をゆるします。わたしたちを誘惑におちいらせず、悪からお救いください。アーメン。
主の平和がいつも皆さまとともに。愛するベンジャミンを覚えつつ、互いのために祈りながら、今日という一日を主の慈しみの中で歩んでまいりましょう。
✝ 全能の神があなたを祝福し、父と、子と、聖霊の恵みがあなたとと もにありますように。アーメン。