父と子と聖霊の御名によって。アーメン。主の恵みと平和が、いつも皆さまと共におられますように。
主よ、憐れみてください。 キリスト、憐れみてください。 主よ、憐れみてください。
私たちは今、静かな庭の片隅で、土に落ちた小さな種がひそやかにその眠りから覚めようとする瞬間を見つめる農夫のような心持ちで、このみ言葉の前に立っています。ベンジャミン・ヴォ君が天の国へと旅立ってから、四ヶ月という季節が巡りました。アランさん、タオさん、そしてライアン君。皆さんが日々、その不在という名の広大な静寂と向き合い、時にはどこに向かって歩けばよいのか分からなくなるその歩みを、私たちは祈りをもって支えたいと願っています。
今日の福音で、イエス様は私たちに二つの小さな比喩を語られます。一つは、庭に蒔かれた「からし種」の比喩です。もう一つは、女性が三メジャーの小麦粉に混ぜ合わせた「パン種」の比喩です。どちらの比喩も、目に見えないほど小さく、地味で、時には埋もれてしまって誰も気に留めないようなものから始まります。からし種はすべての種の中で最も小さいと言われ、パン種は生地の中に隠されて姿を消してしまいます。しかし、その小さなものが、静かに、しかし確かな力で働き始めるとき、庭には大きな木が育ち、鳥たちがその枝に宿り、重い小麦粉の全体がふっくらと膨らんでいきます。
この「目に見えない小さな種とパン種」というイメージを、今日はベンジャミン君の人生、そして皆さんが彼と共にした日々のなかに重ねてみたいと思います。ベンジャミンという少年は、私たちが驚くほどの聡明な知性を持っていました。数学の論理を愛し、AIやクラウドインフラという最先端の世界に飛び込み、自らコードを書いてゲームやアプリケーションを生み出すような、眩しいほどの才能の持ち主でした。しかし、彼の人生の真の美しさは、その頭脳の鋭さだけにとどまりませんでした。彼を本当に彼たらしめていたのは、心の奥底から湧き出るような、あまりにも純粋で優しい「優しさの種」でした。
ふと思い出す光景があります。彼がまだ十五歳という若さでありながら、家族のために抱いていたあの深い思いやりです。かつて、叔父様が病に倒れられたとき、彼は自分の全財産である貯金箱を「全部あげる」と申し出ました。実際にそれを壊す必要はなかったし、お金がすべての解決策だったわけでもありません。しかし、その「申し出」という行為そのものに、彼の魂の美しさがくっきりと言い表されていました。自分の手の中にあるものをぎゅっと握りしめるのではなく、大切な誰かのために、ためらうことなくそのすべてを差し出そうとする心。それは、まさに彼という小さな心の中に蒔かれた、神様の愛の種が芽吹いた瞬間でした。彼は、誰に強いられることもなく、自らの内側から湧き出る愛によって、周りの人々の心を温めていたのです。
ここで、私たちはあえて、皆さんの心を重くしているトゲについて語らねばなりません。愛する我が子を失った親の胸には、どうしても拭い去れない問いが渦巻きます。「あの時、もっと何かできたのではないか」「自分の見落としがあったのではないか」と、深夜の静けさの中で自分を責めてしまう夜がありませんか。アランさん、タオさん、どうか今、その自責の念の石をご自身の胸からそっと下ろしてください。病というものは、人間のいかなる注意や配慮をも超えたところで訪れる、この世のあまりにも深い神秘です。イエス様は、かつて盲人について語られた際、それが誰かの罪や親の責任ではないことを明確に示されました。あなた方は、ベンジャミンにとって最高のパパであり、ママでした。彼が十五年間、これほどまでに愛され、世界中を旅し、家族の温もりの中でその才能と優しさを花咲かせたのは、ひとえにあなた方の献身のたまものです。神様はあなた方を決して責めてはおられません。むしろ、その深い愛のすべてをご存じであり、あなた方の涙の一滴一滴を御手で優しく受け止めておられます。どうか、ご自身を赦してください。ベンジャミンは、あなた方の愛という最高の土壌で育ち、その魂を美しく開花させました。それは、神様が望まれた通りの、完璧な人生でした。
今日の第一朗読では、聖パウロが夫婦の深い結びつきをキリストと教会の関係に重ねて語り、「この神秘は偉大です」と述べています。パウロが語るこの神秘とは、私たちが自分自身を愛するように互いを愛し、自らを差し出すという愛の姿です。ベンジャミン君は、まさにこの愛の神秘を、その短い生涯をかけて体現していました。彼は、空を愛し、飛行機を愛し、いつの日か「コン・チム航空」という会社を作りたいと夢見ていました。その夢を語るとき、彼は少年のようにギグッとして笑いました。あの笑顔の中にこそ、神の愛が宿っていました。彼は、空という広大な空間に、自分自身の可能性と、神様が用意してくださった未来を見ていたのです。そして、彼のその優しい心は、今もベトナムの村々にきれいな水を届ける「ギエン・ジョアン・バオティシタ」の井戸となって、生き続けています。彼の愛は、死を超えて、今も喉の渇いた人々の命を潤しているのです。
ライアン君、お兄ちゃんは今もあなたのすぐそばにいます。あなたがこれから歩んでいく人生のどんな時も、お兄ちゃんは天国という一番高い空から、あの優しい笑顔で見守っています。あなたが笑い、自分の翼を広げて新しい空へと飛び立っていくこと。それこそが、お兄ちゃんにとって何よりの喜びです。悲しいときは、ふと空を見上げてみてください。お兄ちゃんが大好きだったあの飛行機が、雲の切れ間に航跡を描いていくように、あなたの歩む道を照らす光が必ず見つかります。あなたは一人ではありません。お兄ちゃんは、あなたが自分の人生という翼を広げ、愛と勇気をもって飛び立っていく姿を、天国から一番の特等席で応援してくれています。
画面の向こうでこの祈りに心を合わせているすべての方々へ。もし今、人生の重い十字架を背負い、夜の静けさの中で涙を流しているお父さん、お母さん、そして傷ついた子どもたちがいるなら、どうか知ってください。あなたは決して一人ではありません。あなたのその苦しみも、涙も、すべて神様の大きな愛のなかに包まれています。私たちは神のものであり、神様は決して私たちを見放すことはありません。私たちは今、ベンジャミン君が教えてくれたあの純粋な愛のパン種を、少しずつ自分たちの生活の中に混ぜ合わせていくことができます。困っている誰かに微笑みかけること、大切な人のために静かに祈ること、あるいは、ただ空を見上げて「ありがとう」とつぶやくこと。その小さな積み重ねが、ベン君が天国から見守る私たちの、新しい生き方なのです。
ベンジャミン・ヴォ君、あなたの美しい魂は、今、神様の無限の慈しみの中で永遠の安らぎの中にあります。どうか、あなたを愛してやまないご家族を、これからも優しく見守っていてください。そして、いつか私たちが旅路を終えるその時、あなたが一番の笑顔で待っていてくれることを信じています。平和の主が、アランさん、タオさん、ライアン君、そしてここに心を合わせるすべての人々に、深い癒やしと希望を注いでくださいますように。今日、この祈りを終えてそれぞれの日常に戻るとき、ほんの少しだけでいいので、空を見上げてみてください。そして、自分を責める手を止めて、ただ深く息を吸い込んでみてください。ベンジャミンが教えてくれたように、目の前の人に優しい微笑みを向け、ただ今という瞬間を精一杯愛すること。それが、天国にいるベン君が今の私たちに願っていることです。アーメン。
For the intentions entrusted to Ben on our prayer wall:
At the Savior’s command and formed by divine teaching, we dare to say:
天におられるわたしたちの父よ、み名が聖とされますように。み国が来ますように。みこころが天に行われるとおり地にも行われますように。 わたしたちの日ごとの糧を今日もお与えください。わたしたちの罪をおゆるしください。わたしたちも人をゆるします。わたしたちを誘惑におちいらせず、悪からお救いください。アーメン。
主があなたを祝福し、守ってくださいますように。主が御顔をあなたに向けて、あなたに恵みを授け、平安を与えてくださいますように。アーメン。
✝ 全能の神があなたを祝福し、父と、子と、聖霊の恵みがあなたとと もにありますように。アーメン。