父と子と聖霊の御名によって。主の平和が、ここに集う皆さん、そして画面を通して心を合わせている皆さんと共にありますように。
主よ、憐れんでください。 キリストよ、憐れんでください。 主よ、憐れんでください。
私たちは皆、人生という航路の中で、自分なりの計算をしています。朝早くから働きに出れば、それ相応の報いがあるはずだ。努力を重ね、準備を整え、賢く生きれば、望む結果にたどり着けるはずだ。今日の福音で、ぶどう園の主人が雇った労働者たちも、まさにその「公平さ」という計算の中にいました。朝早くから炎天下で働き、背中に汗を流した彼らにとって、夕方にやってきてわずか一時間だけ働いた者たちが、自分たちと同じ賃金を受け取るという事実は、どう考えても納得がいかないものでした。「これはいったいどういうことだ。私たちは一日中、この熱い日差しに耐えて働いたのに」。彼らの不満は、人間としてごく自然な感情です。正当な報酬、努力に対する正当な評価。私たちはこの世界を、そのような論理の積み重ねで理解しようとします。
しかし、主人は静かに、しかし毅然と言い放ちます。「友よ、あなたを不当に扱ってはいない。……わたしの気前よさをねたむのか」。この言葉は、私たちの計算を根底から覆します。神様の論理は、私たちの論理とは全く異なる次元にあるのです。第一朗読でイサヤ預言者が告げるように、「天が地よりも高いように、わたしの道はあなたたちの道よりも高く、わたしの思いはあなたたちの思いよりも高い」。私たちはしばしば、神様を「公平な計算機」のように扱おうとします。良いことをすれば良い結果が返ってくる。祈れば願いが叶う。しかし、神様は計算機ではありません。神様は、愛そのものなのです。神様の愛には、私たちの考える「時間」や「努力の量」という枠組みは存在しません。神様にとって大切なのは、あなたがいつ、どのような形でぶどう園に入ったかではなく、あなたが今、神様の愛というぶどう園の中に招かれているという事実そのものなのです。
ベンジャミンという少年を想うとき、この「神様の計り知れない愛」という真理に深く触れざるを得ません。ベンジャミン・ヴォ。あの十五年という短い歩みの中で、彼はまるで、神様が用意された特別な航路を、誰よりも真っ直ぐに、そして情熱的に駆け抜けていきました。彼が愛した飛行機、特にボーイング737の機体を見つめる時のあの輝く瞳や、将来自分が創る会社を「コン・チム航空」と名付けたいと語る時の、あのはにかんだ笑顔。彼は、人生という短い旅路の中で、何が本当に大切かを知っていたのかもしれません。それは、どれだけ長く生きるかではなく、どれだけ深く、純粋に愛を注ぐかということでした。彼が叔父様のために自分の貯金箱を差し出そうとしたあのエピソードを思い出してください。実際にそれを壊す必要はなかったとしても、彼が「僕の持っているすべてをあげたい」と願ったその心。その無私の願いは、計算などない、神様の気前よさそのものでした。彼は、自分の小さな手の中にあったものを、愛のために手放す準備ができていたのです。
アランさん、タオさん、そしてライアン君。今、皆さんの心の中には、ベン君がいたはずの場所の静寂が広がっていることでしょう。三ヶ月という月日は、悲しみを癒やすにはあまりにも短く、喪失感は時に、砂嵐のように心を覆い隠すかもしれません。特に、夜の静けさの中で、「なぜ」という問いが、まるで答えのない迷路のように繰り返されることがあるかもしれません。「もっとこうしていれば」「何か見落としていたのではないか」。そんな自分を責める声が聞こえてくるなら、どうか今、その声を主の愛の光の中に置いてください。ベン君の人生は、何一つ無駄なものではありませんでした。彼は、神様が彼に託したすべての愛を、十五年という期間に凝縮して、完璧に、美しく咲き誇らせたのです。病というものは、誰の罰でもなく、人間のいかなる注意や配慮をも超えたところで訪れる、この世の悲しい神秘です。アランさん、タオさん、あなた方は何も見落としていません。あなた方は、彼にとって最高の両親であり、彼が十五年間、これほどまでに愛され、尊重され、世界中を旅して多くの喜びを感じることができたのは、ひとえにあなた方の献身のおかげです。神様はあなた方を決して責めてはおられません。むしろ、その深い慈しみと献身のすべてをご存じであり、あなた方の涙の一滴一滴を御手で受け止めておられます。どうか、ご自身を赦してください。自分を責めるその声の代わりに、今日の福音で主が語った「わたしは自分のものをもって自由にしたい」という、神様の計り知れない慈しみの響きに耳を傾けてください。神様は、ベン君を、私たちには計り知れない愛の深さで、そのぶどう園に招き入れられたのです。
パウロはフィリピの信徒への手紙でこう言いました。「わたしにとって、生きることはキリストであり、死ぬことは利益です」。これは、信仰の深淵に触れた者だけが語れる言葉です。ベンジャミンは今、私たちが鏡を通してぼんやりと見ているその光を、顔と顔を合わせて見つめています。彼が夢見た「コン・チム航空」の翼は、今や、神の国の空という、どこまでも広がる自由な場所へと移されました。そこには、もう痛みも、別れも、計算もありません。ただ、神様の溢れる愛と、ベン君のあの優しい笑顔だけが存在しています。ライアン君、お兄ちゃんは今もあなたのすぐそばにいます。あなたがこれから歩んでいく人生のどんな時も、お兄ちゃんは天国という一番高い空から、あの優しい笑顔で見守っています。あなたが笑い、自分の翼を広げて新しい空へと飛び立っていくこと。それこそが、お兄ちゃんにとって何よりの喜びです。悲しいときは、お兄ちゃんが大好きだったあの空を見上げてみてください。雲の切れ間から、お兄ちゃんが大好きだった飛行機が航跡を描いていくように、あなたの歩む道を照らす光が必ず見つかります。お兄ちゃんが遺した知恵や、夢や、優しさは、すべてあなたの中に受け継がれています。あなたは一人ではありません。お兄ちゃんは、あなたが自分の人生という翼を広げ、愛と勇気をもって飛び立っていく姿を、天国から一番の特等席で応援してくれています。
画面の向こうでこの祈りに心を合わせているすべての方々へ。もし今、あなたが深い悲しみの中にいるなら、どうか知ってください。あなたの苦しみは、キリストの十字架と一つに結ばれています。神様は、あなたの涙をご存じです。どんなに暗い夜であっても、神様の愛は枯れることはありません。ベンジャミンの人生は、たとえ短かったとしても、神様が用意された「愛の設計図」を完璧に描き切った人生でした。彼は、自分を愛し、家族を愛し、そして世界を愛することを、最後まで貫き通しました。今日、この祈りを終えてそれぞれの日常に戻るとき、ほんの少しだけでいいので、空を見上げてみてください。そして、自分を責める手を止めて、ただ深く息を吸い込んでみてください。ベンジャミンが教えてくれたように、ただ精一杯、今この瞬間を愛すること。それが、私たちにできる唯一の、そして最も美しい祈りです。愛は決して滅びません。ベンジャミンの愛も、皆さんの愛も、神様の愛の中で永遠に結ばれています。ベンジャミン・ヴォ君。あなたの美しい魂は、今、神様の無限の慈しみの中で永遠の安らぎの中にあります。どうか、あなたを愛してやまないご家族を、これからも優しく見守っていてください。平和の主が、アランさん、タオさん、ライアン君、そしてここに集うすべての人々に、深い癒やしと希望を注いでくださいますように。アーメン。
For the intentions entrusted to Ben on our prayer wall:
At the Savior’s command and formed by divine teaching, we dare to say:
天におられるわたしたちの父よ、み名が聖とされますように。み国が来ますように。みこころが天に行われるとおり地にも行われますように。 わたしたちの日ごとの糧を今日もお与えください。わたしたちの罪をおゆるしください。わたしたちも人をゆるします。わたしたちを誘惑におちいらせず、悪からお救いください。アーメン。
全能の神、父と子と聖霊が、皆さんに祝福を豊かに注ぎ、いつまでも守ってくださいますように。主の平和のうちに、歩んでいきましょう。
✝ 全能の神があなたを祝福し、父と、子と、聖霊の恵みがあなたとと もにありますように。アーメン。