父と子と聖霊の御名によって。主の平和が、ここに集う皆さん、そして画面の向こうで心を合わせている皆さんとともにありますように。
主よ、憐れんでください。 キリストよ、憐れんでください。 主よ、憐れんでください。
今日の福音で、イエス様は一人の父親と二人の息子について語られます。一人は「行かない」と言いながら、後に心を入れ替えてぶどう園へと向かった息子。もう一人は「はい」と答えながら、結局は行かなかった息子。この短い物語は、単なる道徳的な教訓以上のものを私たちに突きつけています。それは、私たちの「言葉」と、実際に私たちが歩む「歩み」が一致しているかどうかという、魂の根幹に関わる問いです。
ぶどう園の作業、それは神様が私たちに委ねられた、愛の営みです。私たちには皆、それぞれに与えられたぶどう園があります。それは、家族を愛すること、日々の仕事に誠実に向き合うこと、あるいは自分を襲う悲しみの中でさえ、誰かのために小さな微笑みを絶やさないことかもしれません。イエス様が問うのは、「誰が父の望みを行ったか」ということです。言葉の美しさではなく、その背後にある「心」がどこに向いているか。その「行い」が、どれほどささやかであっても、愛に基づいているかどうかなのです。
ベンジャミン・ヴォ君のことを想うとき、私は彼が持っていた、あの驚くほどの「素直な行い」を思い出します。彼には、自分の持っている知識や才能を、ただ自分のために蓄えるのではなく、誰かのために使いたいという、自然で純粋な衝動がありました。叔父様が病に倒れたとき、まだ幼いベン君が、自分の貯金箱を差し出そうとしたあの姿。実際にその貯金箱を壊す必要はなかったとしても、彼が「僕の持っているすべてをあげたい」と心から願い、それを言葉にしたこと。それは、神様がぶどう園で求めておられる「愛の行い」そのものです。彼は、自分の持っているものすべてが、愛する人の苦しみを少しでも和らげることができるなら、それを惜しまないという心を持っていました。その純粋さは、まさにイエス様が喜ばれる「神の国の歩み」でした。
アランさん、タオさん、そしてライアン君。ベン君が天の父のもとへ帰ってから三ヶ月が経ちました。皆さんの心には、今もベン君の温もりが、まるで昨日のことのように鮮明に残っていることでしょう。しかし、夜の静寂の中で、時にその静けさが重苦しい問いかけに変わることもあるはずです。「なぜ、あんなに賢く、あんなに優しい子が」。あるいは、「もっと自分が気をつけていれば」「何か別の方法があったのではないか」という、自分を責める声が聞こえてくるかもしれません。どうか、今その声を止めてください。病というものは、誰の罰でもなく、人間のいかなる注意や配慮をも超えたところで訪れる、この世の悲しい神秘です。アランさん、タオさん、あなた方は何も見落としていません。あなた方は、彼にとって最高の両親であり、彼が十五年間、これほどまでに愛され、世界中を旅して多くの喜びを感じることができたのは、ひとえにあなた方の献身のおかげです。神様はあなた方を決して責めてはおられません。むしろ、その深い慈しみと献身のすべてをご存じであり、あなた方の涙の一滴一滴を御手で受け止めておられます。どうか、ご自身を赦してください。ベン君は、あなた方の愛という最高の土壌で育ち、その魂を美しく開花させました。彼は、神様が望まれた通りの、完璧な人生を駆け抜けたのです。
今日の第一朗読で、エゼキエルは「自分の行った悪から離れ、正しく公平なことを行うなら、その人は命を得る」と語ります。私たちは時に、過去の記憶や、過ぎ去った日々の「もしも」という後悔の中に閉じ込められそうになります。しかし、神様は私たちに、「今、この瞬間から」新しい歩みを始めるよう招いておられます。神様にとって大切なのは、私たちがどれだけ後悔しているかではなく、私たちが今、どれだけ愛を選択し、希望に向かって一歩を踏み出そうとしているかです。
ベン君が大好きだった「コン・チム航空」という夢を思い出してください。彼は、空を見上げ、飛行機に憧れ、その機体構造を学びながら、いつもワクワクしていました。彼が大切にしていたのは、目的地にたどり着くことそのものよりも、その旅路の美しさでした。人生も同じです。私たちは、この地上の旅路が終わる時、どこへ向かうのかを知っています。天の国という、神様が用意された安らぎの場所です。ベン君は、今、その特等席から、皆さんの歩みを見守っています。彼がいつも見せてくれたあの屈託のない笑顔は、今も皆さんの心の中で、希望の光として輝き続けています。
ライアン君、お兄ちゃんは今もあなたのすぐそばにいます。あなたがこれから歩んでいく人生のどんな時も、お兄ちゃんは天国という一番高い空から、あの優しい笑顔で見守っています。あなたが笑い、自分の翼を広げて新しい空へと飛び立っていくこと。それこそが、お兄ちゃんにとって何よりの喜びです。悲しいときは、ふと空を見上げてみてください。雲の切れ間から、お兄ちゃんが大好きだったあの飛行機が航跡を描いていくように、あなたの歩む道を照らす光が必ず見つかります。お兄ちゃんが遺した知恵や、夢や、優しさは、すべてあなたの中に受け継がれています。あなたは一人ではありません。お兄ちゃんは、あなたが自分の人生という翼を広げ、愛と勇気をもって飛び立っていく姿を、天国から一番の特等席で応援してくれています。
画面の向こうでこの祈りに心を合わせているすべての方々へ。もし今、あなたが深い悲しみの中にいるなら、どうか知ってください。あなたの苦しみは、キリストの十字架と一つに結ばれています。神様は、あなたの涙をご存じです。どんなに暗い夜であっても、神様の愛は枯れることはありません。ベンジャミンの人生は、たとえ短かったとしても、神様が用意された「愛の設計図」を完璧に描き切った人生でした。彼は、自分を愛し、家族を愛し、そして世界を愛することを、最後まで貫き通しました。今日、この祈りを終えてそれぞれの日常に戻るとき、ほんの少しだけでいいので、空を見上げてみてください。そして、自分を責める手を止めて、ただ深く息を吸い込んでみてください。ベンジャミンが教えてくれたように、ただ精一杯、今この瞬間を愛すること。それが、私たちにできる唯一の、そして最も美しい祈りです。愛は決して滅びません。ベンジャミンの愛も、皆さんの愛も、神様の愛の中で永遠に結ばれています。ベンジャミン・ヴォ君。あなたの美しい魂は、今、神様の無限の慈しみの中で永遠の安らぎの中にあります。あなたの遺した温かい愛の記憶は、私たちの心の中で消えることのない星として輝き続けます。どうか、あなたを愛してやまないご家族を、これからも優しく見守っていてください。平和の主が、アランさん、タオさん、ライアン君、そしてここに集うすべての人々に、深い癒やしと希望を注いでくださいますように。アーメン。
For the intentions entrusted to Ben on our prayer wall:
At the Savior’s command and formed by divine teaching, we dare to say:
天におられるわたしたちの父よ、み名が聖とされますように。み国が来ますように。みこころが天に行われるとおり地にも行われますように。 わたしたちの日ごとの糧を今日もお与えください。わたしたちの罪をおゆるしください。わたしたちも人をゆるします。わたしたちを誘惑におちいらせず、悪からお救いください。アーメン。
主があなたを祝福し、守ってくださいますように。主が御顔をあなたに向けて、慈しみを注いでくださいますように。アーメン。
✝ 全能の神があなたを祝福し、父と、子と、聖霊の恵みがあなたとと もにありますように。アーメン。