父と子と聖霊の御名によって。主の平和が皆さんとともにありますように。
主よ、憐れんでください。キリストよ、憐れんでください。主よ、憐れんでください。
今日の第一朗読で、聖パウロは私たちに「神の武具を身に着けなさい」と呼びかけています。腰に真理の帯を締め、胸には正義の胸当てをつけ、足には平和の福音を履く……。まるで、これから激しい戦場へ向かう兵士を整えるような、力強い言葉です。しかし、この戦いは目に見える誰かとの争いではありません。「わたしたちの戦いは、血肉を相手にするものではなく、支配者、権威、暗闇の世界の支配者たちを相手にするもの」だとパウロは言います。見えない敵、それは私たちの心を覆う不安や、出口のない悲しみ、そして「なぜ」という終わりのない問いかもしれません。
ベンジャミン・ヴォ君が天の国へ旅立ってから四ヶ月が経ちました。アランさん、タオさん、そしてライアン君。皆さんが今、まさにこの「戦い」の中にいることを、私たちは知っています。朝、目が覚めた瞬間に押し寄せる不在の重み。日常のふとした瞬間に、まるで鋭い矢のように突き刺さる「もしも」という思い。パウロが言う「悪魔の火の矢」とは、まさにこうした、私たちの心を焼き尽くそうとする絶望や、自分を責める声のことではないでしょうか。
ここで、私たちは立ち止まり、真実を語らねばなりません。愛する人を失ったとき、私たちの心は自分自身を攻撃し始めます。「あの時、もっと何かできたのではないか」「自分の見落としがあったのではないか」。深夜、静寂の中でその声が聞こえてきたら、どうか思い出してください。イエス様が、生まれつき目の見えない人について問われたとき、「この人が罪を犯したからでも、両親が罪を犯したからでもない」と断言されたことを。ベンジャミン君の病は、誰の責任でもありません。あなた方の配慮が足りなかったわけでも、何かの見落としがあったわけでもない。病というものは、人間の力ではどうしようもない、この世のあまりにも深い神秘です。あなた方は、ベンジャミンにとって最高のパパであり、ママでした。彼が十五年間、これほどまでに愛され、世界中を旅し、家族の絆の中でその才能と優しさを花咲かせたのは、ひとえにあなた方の献身のたまものです。どうか、ご自身を赦してください。神様はあなた方を責めてはおられず、その深い愛のすべてをご存知です。その石を、今ここでおろしてください。
今日の福音で、イエス様はご自身を殺そうとする者たちの脅しに対して、「今日、明日、その次の日と、わたしは自分の道を進まねばならない」と静かに語られます。イエス様は、ご自身の死が待ち受けるエルサレムへ向かって、恐れることなく歩みを進めました。なぜなら、その道の先に、神の救いの計画があることを知っていたからです。そして、エルサレムを前にして、イエス様はこう叫ばれます。「エルサレム、エルサレム……どれほどわたしが、雌鶏が雛を翼の下に集めるように、あなたの子らを集めようとしたことか」。
この「雌鶏が雛を翼の下に集める」というイメージを、今日は皆さんの心にそっと置いてほしいのです。ベンジャミン君は、まさにこのイエス様の翼の下に抱かれています。彼は、数学の論理を愛し、AIやクラウドインフラという最先端の世界を駆け巡り、いつか「コン・チム航空」という会社を作りたいと夢見ていた、聡明で好奇心旺盛な少年でした。飛行機を眺めるのが大好きで、お父さんと一緒に空港へ行き、空を見上げるあの時間を何よりも大切にしていました。彼は、空という広大な空間に、神様が用意してくださった未来を見ていたのです。今、彼はその空の向こう側、神様の懐という一番安全で温かい場所で、皆さんのことを見守っています。
ライアン君、お兄ちゃんは今もあなたのすぐそばにいます。あなたがこれから歩んでいく人生のどんな時も、お兄ちゃんは天国から、あの優しい笑顔で見守っています。あなたが笑い、自分の翼を広げて新しい空へと飛び立っていくこと。それこそが、お兄ちゃんにとって何よりの喜びです。悲しいときは、ふと空を見上げてみてください。お兄ちゃんが大好きだった飛行機が、雲の切れ間に航跡を描いていくように、あなたの歩む道を照らす光が必ず見つかります。あなたは一人ではありません。お兄ちゃんは、あなたが自分の人生という翼を広げ、愛と勇気をもって飛び立っていく姿を、天国から一番の特等席で応援してくれています。
かつてベンジャミン君は、叔父様の病を聞いたとき、自分の全財産である貯金箱を「全部あげる」と申し出ました。実際にそれを壊す必要はなかったし、お金がすべての解決策だったわけでもありません。しかし、その「申し出」という行為そのものに、彼の魂の美しさがくっきりと表れていました。自分の手の中にあるものを握りしめるのではなく、大切な誰かのために、ためらうことなくそのすべてを差し出そうとする心。それこそが、彼が神様から受け取っていた愛の形でした。その愛は、今もベトナムの村々にきれいな水を届ける「ギエン・ジョアン・バオティシタ」の井戸となって、生き続けています。彼の愛は、死を超えて、今も喉の渇いた人々の命を潤し、誰かの人生を支えています。
画面の向こうでこの祈りに心を合わせているすべての方々へ。もし今、人生の重い十字架を背負い、夜の静けさの中で涙を流しているお父さん、お母さん、そして傷ついた子どもたちがいるなら、どうか知ってください。あなたは決して一人ではありません。あなたのその苦しみも、涙も、すべて神様の大きな愛のなかに包まれています。私たちは今、ベンジャミン君が教えてくれたあの純粋な愛を、少しずつ自分たちの生活の中に植え付けていくことができます。困っている誰かに微笑みかけること、大切な人のために静かに祈ること、あるいは、ただ空を見上げて「ありがとう」とつぶやくこと。その小さな積み重ねが、ベン君が天国から見守る私たちの、新しい生き方なのです。
ベンジャミン・ヴォ君、あなたの美しい魂は、今、神様の無限の慈しみの中で永遠の安らぎの中にあります。どうか、あなたを愛してやまないご家族を、これからも優しく見守っていてください。そして、いつか私たちが旅路を終えるその時、あなたが一番の笑顔で待っていてくれることを信じています。平和の主が、アランさん、タオさん、ライアン君、そしてここに心を合わせるすべての人々に、深い癒やしと希望を注いでくださいますように。今日、この祈りを終えてそれぞれの日常に戻るとき、ほんの少しだけでいいので、空を見上げてみてください。ベンジャミンが教えてくれたように、目の前の人に優しい微笑みを向け、ただ今という瞬間を精一杯愛すること。それが、天国にいるベン君が今の私たちに願っていることです。アーメン。
For the intentions entrusted to Ben on our prayer wall:
At the Savior’s command and formed by divine teaching, we dare to say:
天におられるわたしたちの父よ、み名が聖とされますように。み国が来ますように。みこころが天に行われるとおり地にも行われますように。 わたしたちの日ごとの糧を今日もお与えください。わたしたちの罪をおゆるしください。わたしたちも人をゆるします。わたしたちを誘惑におちいらせず、悪からお救いください。アーメン。
主があなたを祝福し、あなたを守られますように。主が御顔をあなたに向けて、あなたを照らし、平和を与えてくださいますように。父と子と聖霊の御名によって。アーメン。
✝ 全能の神があなたを祝福し、父と、子と、聖霊の恵みがあなたとと もにありますように。アーメン。