父と子と聖霊の御名によって。主の平和が、ここに集う皆さん、そして画面を通して心を合わせるすべての方々と共にありますように。
主よ、憐れんでください。キリストよ、憐れんでください。主よ、憐れんでください。
今日の福音の中で、ある女性が群衆の中から声を上げ、イエス様に向かってこう叫びます。「あなたを宿した胎と、あなたが吸った乳房は幸いです。」それは、母親としての切実な憧れであり、愛する人の命の源となった喜びを称える、素朴で美しい言葉です。しかし、イエス様はこう答えられます。「むしろ、神の言葉を聞き、それを守る人こそ幸いである。」
この言葉を、私たちはどう受け止めるべきでしょうか。それは、決して肉親の絆を否定するものではありません。むしろ、その絆を、神というより大きな愛の海へと広げる招きなのです。ベンジャミン・ヴォ君という、あまりにも早く空へと飛び立っていった少年のことを想うとき、この「神の言葉を聞き、それを守る」という姿が、彼の人生の中にいかに鮮やかに息づいていたかを感じずにはいられません。
ベン君、あの聡明で、好奇心に満ちあふれ、そして何よりも優しい心を持っていた少年。彼は、数学の難問や複雑なAIのコードを操り、未来の技術を夢見る一方で、その心は常に「神の言葉」という種を育む肥沃な土壌でした。彼が叔父様の苦しみを知ったとき、自分の大切にしていた貯金箱を「全部あげる」と申し出たあの瞬間を思い出してください。彼は実際に貯金箱を壊したわけではありません。しかし、その「申し出」という行為そのものに、彼はすでに神の言葉を体現していました。自分の持っているもの、自分の大切にしているものを、愛する人のために差し出そうとする心。それは、計算や損得を超え、神の愛を真っ直ぐに映し出す鏡のような行為でした。彼は、自分の小さな手の中にあった富よりも、誰かの痛みを和らげることの方に、はるかに大きな喜びを見出していたのです。
アランさん、タオさん、そしてライアン君。ベン君が天へ帰ってから三ヶ月が経ちました。皆さんの心には、今も「なぜ」という問いが、出口のない迷路のように続いているかもしれません。なぜ、あんなに賢く、あんなに優しい子が、こんなにも早く旅立たなければならなかったのか。その問いは、かつてイエス様に声をかけたあの女性が抱いたような、愛する人を想うがゆえの切実な叫びかもしれません。しかし、どうか今日、この聖なる沈黙の中で、その重荷を神様の御前に下ろしてください。多くの親御さんが、愛する子を失ったとき、自分を責めます。「もっと何かできたのではないか」「何を見落としたのか」。アランさん、タオさん、どうか聞いてください。イエス様が、生まれつき目の見えない人を見て「この人も、両親も罪を犯したわけではない」と言われたように、病というものは、誰の罰でもなく、人間のいかなる注意や配慮をも超えたところで訪れる、この世の悲しい神秘です。あなた方は何も見落としていません。あなた方は、ベン君にとって最高のパパであり、ママでした。彼が十五年間、これほどまでに愛され、世界中を旅して多くの喜びを感じることができたのは、ひとえにあなた方の献身のおかげです。神様はあなた方を決して責めてはおられません。むしろ、その深い献身のすべてをご存じであり、あなた方の涙の一滴一滴を御手で受け止めておられます。どうか、ご自身を赦してください。ベン君は、あなた方の愛という最高の土壌で育ち、その魂を美しく開花させました。それは、神様が望まれた通りの、完璧な人生でした。
今日の第一朗読で、聖パウロは「キリストに結ばれるために洗礼を受けた者は皆、キリストを身にまとった」と語ります。私たちは、自分の力で人生をコントロールしようと必死になります。良い結果を出せば愛され、失敗すれば罰せられるような、そんな「律法」の世界に縛られがちです。しかし、キリストは私たちをその呪いから解放してくださいました。ベン君が叔父様のために差し出したあの申し出は、何かの義務や律法から出たものではありませんでした。それは、彼がすでに神様の愛に満たされ、その愛を自然と溢れ出させていたからです。彼は、自分の小さな手の中にあった富よりも、愛する人の苦しみを和らげることの方に、はるかに大きな価値を見出していました。それは、彼がどれほど神様の愛をその小さな心に宿していたかの証です。彼は、キリストを身にまとって生きていました。
ライアン君、お兄ちゃんは今もあなたのすぐそばにいます。あなたがこれから歩んでいく人生のどんな時も、お兄ちゃんは天国という一番高い空から、あの優しい笑顔で見守っています。あなたが笑い、自分の翼を広げて新しい空へと飛び立っていくこと。それこそが、お兄ちゃんにとって何よりの喜びです。悲しいときは、ふと空を見上げてみてください。お兄ちゃんが大好きだったあの飛行機が、雲の切れ間に航跡を描いていくように、あなたの歩む道を照らす光が必ず見つかります。あなたは一人ではありません。お兄ちゃんは、あなたが自分の人生という翼を広げ、愛と勇気をもって飛び立っていく姿を、天国から一番の特等席で応援してくれています。お兄ちゃんが遺した知恵や、夢や、優しさは、すべてあなたの中に受け継がれています。あなたは、その愛の継承者として、これからもお兄ちゃんが愛したこの世界を、より温かい場所にしていくことができるはずです。お兄ちゃんが夢見た「コン・チム航空」の翼は、今、天の国という完成された場所で、あなたの人生を支える追い風となっています。
私たちは皆、人生という「道」を歩んでいます。時にはマルタのように、日々の雑事に追われ、自分の苦労を誰にも分かってもらえないと感じることもあるでしょう。しかし、主はそんな私たちに優しく語りかけられます。「あなたは、多くのことに心を配り、思い煩っている。しかし、必要なことはただ一つだけである」。それは、主の足元に座ること。主の愛の中に留まることです。ベン君は、今、その「ただ一つ」の場所にいます。彼は、もう何も思い煩うことなく、神様の愛の中に安らいでいます。そして、彼は皆さんに、その安らぎを分かち合いたいと願っています。
画面の向こうでこの祈りに心を合わせているすべての方々へ。もし今、あなたが深い悲しみの中にいるなら、どうか知ってください。あなたは一人ではありません。あなたの苦しみは、キリストの十字架と一つに結ばれています。神様は、あなたの涙をご存じです。どんなに暗い夜であっても、神様の愛は枯れることはありません。今日、この祈りを終えてそれぞれの日常に戻るとき、ほんの少しだけでいいので、空を見上げてみてください。そして、自分を責める手を止めて、ただ深く息を吸い込んでみてください。ベンジャミンが教えてくれたように、ただ精一杯、今この瞬間を愛すること。それが、私たちにできる唯一の、そして最も美しい祈りです。愛は決して滅びません。ベンジャミンの愛も、皆さんの愛も、神様の愛の中で永遠に結ばれています。
愛する皆さん、ベン君が遺してくれたその優しい心を、今日一日、誰か一人のために使ってみてください。誰かに微笑みかけること、誰かの話に耳を傾けること、あるいはただ、静かに誰かのために祈ること。それが、ベンジャミンが今の私たちに願っていることではないでしょうか。彼は、私たちが悲しみに沈むことよりも、私たちが再び愛し、再び歩みだすことを、天国から一番の笑顔で待っていてくれるはずです。平和の主が、アランさん、タオさん、ライアン君、そしてここに集うすべての人々に、深い癒やしと希望を注いでくださいますように。ベンジャミン・ヴォ君、あなたの美しい魂は、今、神様の無限の慈しみの中で永遠の安らぎの中にあります。どうか、あなたを愛してやまないご家族を、これからも優しく見守っていてください。アーメン。
For the intentions entrusted to Ben on our prayer wall:
At the Savior’s command and formed by divine teaching, we dare to say:
天におられるわたしたちの父よ、み名が聖とされますように。み国が来ますように。みこころが天に行われるとおり地にも行われますように。 わたしたちの日ごとの糧を今日もお与えください。わたしたちの罪をおゆるしください。わたしたちも人をゆるします。わたしたちを誘惑におちいらせず、悪からお救いください。アーメン。
主があなたを祝福し、守ってくださいますように。主が御顔をあなたに向けて、あなたを憐れんでくださいますように。父と子と聖霊の御名によって。アーメン。
✝ 全能の神があなたを祝福し、父と、子と、聖霊の恵みがあなたとと もにありますように。アーメン。