父と子と聖霊の御名によって。主の平和が皆さんとともにありますように。
主よ、憐れんでください。 キリストよ、憐れんでください。 主よ、憐れんでください。
私たちは今、真夜中の静寂の中で、遠くから聞こえてくる誰かの足音を待ちわびるような、そんな張り詰めた、けれどどこか温かな期待の中に座っています。ベンジャミン・ヴォ君が天の国へと旅立ってから四ヶ月という季節が巡りました。アランさん、タオさん、そしてライアン君。愛する人を失った後の世界は、まるで時計の針が止まってしまったかのような、あるいは永遠に続く夜の中にいるかのような、そんな心もとなさを感じることも多いことでしょう。皆さんが抱えているその深い喪失の重さを、私たちは今日も、祈りをもってただ静かに分かち合いたいと願っています。
今日の第一朗読で、知恵の書はこう語ります。「知恵は、これを愛する者には容易に見いだされ、これを求める者には見いだされる」。この「知恵を求める者の前に、夜明けと共に現れる」というイメージを、今日は「空港の展望デッキで、まだ暗い空を背景に、これから飛び立つ飛行機の灯りが滑走路を照らすのを、ただじっと待っている少年の輝く瞳」という一つのイメージに重ねて心に留めてみたいと思います。
ベンジャミンという少年は、並外れた知性と、どこまでも優しい魂を持った少年でした。彼が夢見ていた「コン・チム航空」という名前を思い出すとき、私はそこに、彼が抱いていた純粋な冒険心と、空の彼方にある何かへの憧れを感じます。彼は、飛行機が空を飛ぶための複雑な論理や、最新のAI技術の仕組みを愛していましたが、その知性の向こう側には、いつも「誰かと繋がりたい」「誰かを喜ばせたい」という柔らかな心がありました。彼にとって、技術は単なる知識ではなく、神様が創造された広大な世界を愛するための翼でした。あの十五年という短い歳月の中で、彼は自分の人生という機体を、神様の愛という大きな空へと真っ直ぐに飛ばし続けていたのです。
ここで、私たちはあえて、皆さんの心を今も重く締め付けているトゲについて、静かに語らねばなりません。愛する我が子を失った親の胸には、どうしても拭い去れない問いが夜の静けさの中で渦巻きます。「あの時、もっと何かできたのではないか」「自分の見落としがあったのではないか」と、行き場のない自責の念に囚われてしまう夜がありませんか。アランさん、タオさん、どうか今、その自責の念の重い石を、ご自身の胸からそっと下ろしてください。病というものは、人間のいかなる注意や配慮をも超えたところで訪れる、この世のあまりにも深い神秘です。イエス様は、かつて盲人について問われたとき、それが誰かの罪や親の責任ではないことを明確に示されました。あなた方は、ベンジャミンにとって最高のパパであり、ママでした。彼が十五年間、これほどまでに深く愛され、世界中を旅し、家族の温もりの中でその才能と優しさを花咲かせたのは、ひとえにあなた方の献身のたまものです。神様はあなた方を決して責めてはおられません。むしろ、その涙の一滴一滴を御手で優しく受け止め、すべての愛をご存じです。あなたは何も見落としてなどいません。その石を、今ここでおろしてください。
今日の福音で、イエス様は「目を覚ましていなさい」と語りかけます。賢い乙女たちは、花婿の遅れに備えて、ランプに注ぐための油を余分に持っていました。この「油」とは何でしょうか。それは、私たちが日々の生活の中で蓄えてきた愛の記憶、祈りの積み重ね、そして神様への信頼のことかもしれません。ベン君は、まさにこの「油」を誰よりも豊かに持っていた少年でした。彼が叔父様の病を聞いて、自分の貯金箱を「全部あげる」と申し出たあの瞬間を思い出してください。彼は実際にその箱を壊す必要はありませんでした。しかし、その申し出そのものに、彼の魂の美しさが宿っていました。自分の持っているものを握りしめるのではなく、大切な誰かのために差し出そうとする心。それは、キリストが私たちに望まれる「準備のできた心」そのものです。彼は、自分の人生という航路を、愛という燃料で満たし、天の国へと真っ直ぐに突き進みました。彼の愛は、今もベトナムの村々にきれいな水を届ける「ギエン・ジョアン・バオティシタ」の井戸となって、喉の渇いた人々の命を潤し続けています。彼の愛は、死を超えて、今もこの世界で働き続けているのです。
ベン君が「コン・チム航空」という名前を口にするたびに、彼はいつもクスクスと笑い、その笑顔は周囲を明るく照らしていました。その笑顔は、彼が神様という最高の目的地を知っていたからこその輝きです。彼は、自分の人生という飛行機がどこへ向かっているのかを、深いところで知っていたのかもしれません。たとえそれが、私たちが望んだ航路とは違っていたとしても、彼は神様の愛という滑走路に、完璧な着陸を果たしました。彼は今、天の国という宴の席で、花婿であるキリストと共に、何よりも穏やかな時間を過ごしています。
ライアン君、お兄ちゃんは今もあなたのすぐそばにいます。あなたがこれから歩んでいく人生のどんな時も、お兄ちゃんは天国という一番高い空から、あの優しい笑顔で見守っています。あなたが笑い、自分の翼を広げて新しい空へと飛び立っていくこと。それこそが、お兄ちゃんにとって何よりの喜びです。悲しいときは、ふと空を見上げてみてください。お兄ちゃんが大好きだったあの飛行機が、雲の切れ間に航跡を描いていくように、あなたの歩む道を照らす光が必ず見つかります。あなたは一人ではありません。お兄ちゃんは、あなたが自分の人生という翼を広げ、愛と勇気をもって飛び立っていく姿を、天国から一番の特等席で応援しています。
画面の向こうでこの祈りに心を合わせているすべての方々へ。もし今、人生の重い十字架を背負い、夜の静けさの中で涙を流しているお父さん、お母さん、そして傷ついた子どもたちがいるなら、どうか知ってください。あなたは決して一人ではありません。あなたのその苦しみも、涙も、すべて神様の大きな愛のなかに包まれています。私たちは今、ベンジャミン君が教えてくれたあの純粋な愛を、少しずつ自分たちの生活の中に植え付けていくことができます。困っている誰かに微笑みかけること、大切な人のために静かに祈ること、あるいは、ただ空を見上げて「ありがとう」とつぶやくこと。その小さな積み重ねが、ベン君が天国から見守る私たちの、新しい生き方なのです。
ベンジャミン・ヴォ君、あなたの美しい魂は、今、神様の無限の慈しみの中で永遠の安らぎの中にあります。どうか、あなたを愛してやまないご家族を、これからも優しく見守っていてください。そして、いつか私たちが旅路を終えるその時、あなたが一番の笑顔で待っていてくれることを信じています。平和の主が、アランさん、タオさん、ライアン君、そしてここに心を合わせるすべての人々に、深い癒やしと希望を注いでくださいますように。今日、この祈りを終えてそれぞれの日常に戻るとき、ほんの少しだけでいいので、空を見上げてみてください。そして、自分を責める手を止めて、ただ深く息を吸い込んでみてください。ベンジャミンが教えてくれたように、目の前の人に優しい微笑みを向け、ただ今という瞬間を精一杯愛すること。それが、天国にいるベン君が今の私たちに願っていることです。アーメン。
For the intentions entrusted to Ben on our prayer wall:
At the Savior’s command and formed by divine teaching, we dare to say:
天におられるわたしたちの父よ、み名が聖とされますように。み国が来ますように。みこころが天に行われるとおり地にも行われますように。 わたしたちの日ごとの糧を今日もお与えください。わたしたちの罪をおゆるしください。わたしたちも人をゆるします。わたしたちを誘惑におちいらせず、悪からお救いください。アーメン。
主があなたを祝福し、守ってくださいますように。主が御顔をあなたに向けて、平和を与えてくださいますように。
✝ 全能の神があなたを祝福し、父と、子と、聖霊の恵みがあなたとと もにありますように。アーメン。