父と子と聖霊の御名によって。主の平和が、ここに集う皆さん、そして画面を通して祈りを共にするすべての方々と共にありますように。
主よ、憐れんでください。 キリストよ、憐れんでください。 主よ、憐れんでください。
今日の福音の中で、イエス様は群衆を前にして、驚くほど静かで、しかし力強い言葉を語りかけます。「五羽の雀は二アサリオンで売られているではないか。だが、その一羽さえ神がお忘れになるようなことはない。それどころか、あなたがたの髪の毛までも一本残らず数えられている。」
この言葉を耳にしたとき、私はある小さな光景を思い出します。それは、ベンジャミン・ヴォ君が、まだ幼い頃からずっと大切にしていた「空」への憧れです。ベン君にとって、空は単なる空間ではありませんでした。それは、彼が心から愛した飛行機が飛ぶ場所であり、彼が夢見た「コン・チム航空」の翼が羽ばたく場所でした。彼は、巨大なジェット機が空を飛ぶ仕組みや、その複雑なエンジニアリングを、まるで神様の創造の神秘を紐解くかのように、目を輝かせて探求していました。彼が空を見上げるとき、そこにはただの物理法則以上の、何か温かい約束が隠されていることを、彼は直感的に知っていたのかもしれません。神様は、その空を飛ぶ小さな鳥の一羽一羽さえも数え、愛しておられる。ベン君のその純粋な探求心は、実は神様の細やかな眼差しを、彼なりに追いかけていたものだったのではないでしょうか。
私たちはしばしば、人生という大きな航路の中で、迷子になったような錯覚に陥ります。特に、愛する人を失い、その喪失感という濃い霧の中に閉じ込められたとき、私たちは「神様は本当に私を見ているのだろうか」「私のこの痛みは、忘れ去られてはいないだろうか」という問いに押しつぶされそうになります。アランさん、タオさん、そしてライアン君。ベン君が天の国へと旅立ってから四ヶ月という月日が流れました。皆さんの心には、今もなお、答えの出ない問いが、霧の中の灯台を探すように渦巻いていることでしょう。なぜ、あんなに賢く、あんなに優しい子が、こんなにも早く地上での役割を終えなければならなかったのか。その沈黙は、時に耐えがたいほどの重さとなって、朝の目覚めや、夜の静寂の中で皆さんを襲うかもしれません。
ここで、私はあえて、皆さんの心に刺さったままの「罪悪感」という棘についてお話ししなければなりません。愛する子を失った親御さんは、必ずと言っていいほど、自分を責めます。「あの時、もっと早く気づいていれば」「何かを見落としたのではないか」。しかし、今日、イエス様のこの言葉をしっかりと思い出してください。「髪の毛までも一本残らず数えられている」。神様は、ベン君のすべてを知っておられ、愛しておられました。病というものは、誰の罰でもなく、人間のいかなる努力や注意をも超えたところで訪れる、この世の悲しい神秘です。あなた方は、ベン君にとって最高のパパであり、ママでした。彼が十五年間、これほどまでに愛され、世界中を旅して多くの喜びを感じることができたのは、ひとえにあなた方の献身のおかげです。神様はあなた方を決して責めてはおられません。むしろ、その深い献身のすべてをご存じであり、あなた方の涙の一滴一滴を御手で受け止めておられます。どうか、ご自身を赦してください。ベン君は、あなた方の愛という最高の土壌で育ち、その魂を美しく開花させました。それは、神様が望まれた通りの、完璧な人生でした。
今日の第一朗読で、聖パウロはこう告げます。「キリストにおいて、わたしたちは……神の所有とされたのです」。私たちは、自分の人生を自分の力でコントロールし、結果を出すことで自分の価値を証明しようとあがきます。しかし、ベン君が教えてくれたのは、計算や結果を超えた「存在そのものの価値」です。彼は、叔父様が病に倒れたとき、自分の貯金箱を「全部あげる」と申し出ました。実際にその貯金箱を壊す必要はなかったし、お金がすべての解決策だったわけではありません。しかし、その「申し出」という行為そのものに、彼はすでに神の宴のホールに一番乗りで座っていたのです。彼は、自分の小さな手の中に握りしめていたものよりも、誰かの痛みを和らげることの方に、はるかに大きな喜びを見出していました。それは、損得勘定を捨て、ただ愛する人のために心を差し出すという、福音の真髄を生きる姿でした。彼は、すでに「神の所有」として、この世のどんな富よりも尊い愛を体現していたのです。
ライアン君、お兄ちゃんは今もあなたのすぐそばにいます。あなたがこれから歩んでいく人生のどんな時も、お兄ちゃんは天国という一番高い空から、あの優しい笑顔で見守っています。あなたが笑い、自分の翼を広げて新しい空へと飛び立っていくこと。それこそが、お兄ちゃんにとって何よりの喜びです。悲しいときは、ふと空を見上げてみてください。お兄ちゃんが大好きだったあの飛行機が、雲の切れ間に航跡を描いていくように、あなたの歩む道を照らす光が必ず見つかります。あなたは一人ではありません。お兄ちゃんは、あなたが自分の人生という翼を広げ、愛と勇気をもって飛び立っていく姿を、天国から一番の特等席で応援してくれています。お兄ちゃんが遺した知恵や、夢や、優しさは、すべてあなたの中に受け継がれています。あなたは、その愛の継承者として、これからもお兄ちゃんが愛したこの世界を、より温かい場所にしていくことができるはずです。お兄ちゃんが夢見た「コン・チム航空」の翼は、今、天の国という完成された場所で、あなたの人生を支える追い風となっています。
私たちは、この世の暗闇に恐れを抱きます。しかし、イエス様は言われます。「恐れるな」。これは、単なる気休めではありません。神様が私たちの髪の毛一本一本まで数えておられるという事実は、私たちがどんなに深い悲しみの谷を歩もうとも、神様の愛の視線から外れることはないという約束です。ベン君は、今、その愛の光の中にいます。彼は、もう病の苦しみや、この世の重荷から完全に解放され、神様の無限の慈しみの中で、何も恐れることなく安らいでいます。そして、彼は皆さんに、その安らぎを分かち合いたいと願っています。
画面の向こうでこの祈りに心を合わせているすべての方々へ。もし今、あなたが深い悲しみの中にいるなら、どうか知ってください。あなたは一人ではありません。あなたの苦しみは、キリストの十字架と一つに結ばれています。神様は、あなたの涙をご存じです。どんなに暗い夜であっても、神様の愛は枯れることはありません。今日、この祈りを終えてそれぞれの日常に戻るとき、ほんの少しだけでいいので、空を見上げてみてください。そして、自分を責める手を止めて、ただ深く息を吸い込んでみてください。ベンジャミンが教えてくれたように、ただ精一杯、今この瞬間を愛すること。それが、私たちにできる唯一の、そして最も美しい祈りです。愛は決して滅びません。ベンジャミンの愛も、皆さんの愛も、神様の愛の中で永遠に結ばれています。
愛する皆さん、ベン君が遺してくれたその優しい心を、今日一日、誰か一人のために使ってみてください。誰かに微笑みかけること、誰かの話に耳を傾けること、あるいはただ、静かに誰かのために祈ること。それが、ベンジャミンが今の私たちに願っていることではないでしょうか。彼は、私たちが悲しみに沈むことよりも、私たちが再び愛し、再び歩みだすことを、天国から一番の笑顔で待っていてくれるはずです。平和の主が、アランさん、タオさん、ライアン君、そしてここに集うすべての人々に、深い癒やしと希望を注いでくださいますように。ベンジャミン・ヴォ君、あなたの美しい魂は、今、神様の無限の慈しみの中で永遠の安らぎの中にあります。どうか、あなたを愛してやまないご家族を、これからも優しく見守っていてください。アーメン。
For the intentions entrusted to Ben on our prayer wall:
At the Savior’s command and formed by divine teaching, we dare to say:
天におられるわたしたちの父よ、み名が聖とされますように。み国が来ますように。みこころが天に行われるとおり地にも行われますように。 わたしたちの日ごとの糧を今日もお与えください。わたしたちの罪をおゆるしください。わたしたちも人をゆるします。わたしたちを誘惑におちいらせず、悪からお救いください。アーメン。
主があなたを祝福し、守ってくださいますように。主が御顔をあなたに向けて、平和を賜りますように。父と子と聖霊の御名によって。アーメン。
✝ 全能の神があなたを祝福し、父と、子と、聖霊の恵みがあなたとと もにありますように。アーメン。