父と子と聖霊の御名によって。愛する皆さん、神の恵みと平和が、今日ここに集う一人ひとりと共にありますように。
主よ、憐れんでください。 キリストよ、憐れんでください。 主よ、憐れんでください。
今日の第一朗読であるコヘレトの言葉は、まるで人生という大きな時計の針を、神様の視点から見つめ直すような響きを持っています。「何事にも時がある。天の下のすべての出来事には時がある」。生まれる時、死ぬ時、泣く時、笑う時。私たちはこの言葉を耳にするとき、どうしても「死ぬ時」という言葉に心が止まり、そこで立ち尽くしてしまいそうになります。特に、愛する人を失い、その喪失の深さを抱えている皆さんにとって、この言葉は時に、あまりにも冷徹な運命の宣告のように聞こえるかもしれません。
しかし、少しだけ立ち止まって、この言葉の続きに耳を傾けてみてください。コヘレトは、「神はすべてを時にかなって美しくされた」と語ります。ここでの「美しい」とは、単に見た目が良いという意味ではありません。神様がこの世界を、混沌としたまま放置せず、一つの壮大な調和の中に置いておられるということです。たとえ私たちの目には、その調和が崩れているように見えても、神様の愛という大きな枠組みの中では、すべての命が、その長さに関わらず、完璧な美しさを備えて完成されているのです。
ベンジャミン・ヴォ君のことを想うとき、私はこの「時」という言葉を、彼が大好きだった飛行機の航路に重ね合わせます。ベン君は、空を飛ぶ飛行機に魅せられ、その機体構造や、どこへ向かうのかという航路に、誰よりも深い関心を寄せていました。彼は、空の旅が目的地への移動であると同時に、雲の上という日常とは異なる静寂の場所へ至るプロセスであることを知っていました。ベン君の十五年という人生もまた、神様が用意された特別な航路でした。それは、あまりにも速く、あまりにも高く飛び去ってしまったように感じられるかもしれませんが、彼がその短い時間の中で描いた愛の軌跡は、今も私たちの心という空に、消えることのない光の帯として残っています。
アランさん、タオさん、そしてライアン君。ベン君が天の父のもとへ帰ってから三ヶ月が経ちました。皆さんの心には、今もベン君の温もりが、まるで昨日のことのように鮮明に残っていることでしょう。しかし、夜の静寂の中で、時にその静けさが重苦しい問いかけに変わることもあるはずです。「なぜ、あんなに賢く、あんなに優しい子が」。あるいは、「もっと自分が気をつけていれば」「何か別の方法があったのではないか」という、自分を責める声が聞こえてくるかもしれません。どうか、今その声を止めてください。病というものは、誰の罰でもなく、人間のいかなる注意や配慮をも超えたところで訪れる、この世の悲しい神秘です。アランさん、タオさん、あなた方は何も見落としていません。あなた方は、彼にとって最高の両親であり、彼が十五年間、これほどまでに愛され、多くの喜びを感じることができたのは、ひとえにあなた方の献身のおかげです。神様はあなた方を決して責めてはおられません。むしろ、その深い慈しみと献身のすべてをご存じであり、あなた方の涙の一滴一滴を御手で受け止めておられます。どうか、ご自身を赦してください。ベン君は、あなた方の愛という最高の土壌で育ち、その魂を美しく開花させました。彼は、神様が望まれた通りの、完璧な人生を駆け抜けたのです。
今日の福音で、イエス様は弟子たちに問いかけます。「群衆は、わたしのことを何者だと言っているか」。そして、さらに深く、「では、あなたがたはわたしを何者だと言うのか」と。ペトロは「神のメシアです」と答えます。この問いかけは、私たち一人ひとりに対する問いでもあります。私たちは、苦しみや喪失の中にいるとき、神様を何者だと思っているでしょうか。遠く離れた冷たい支配者でしょうか。それとも、私たちの涙を共に流し、十字架の苦しみを背負ってくださる、寄り添う友でしょうか。イエス様は、ご自分が「苦しみを受け、殺され、三日目に復活する」ことを予告されました。これは、神様が私たちの苦しみから逃げるのではなく、その真っ只中に飛び込んでこられたことを意味しています。ベン君の苦しみも、皆さんの今の悲しみも、決して神様から切り離されてはいません。キリストの苦難と一つに結ばれ、復活の希望へと繋がっているのです。
ベン君は、自分の持っている知性を、常に誰かのために使おうとしていました。彼が叔父様のために貯金箱を差し出そうとしたあのエピソードを思い出してください。彼は、自分の持っているものが、どれほど小さくても、愛する人の苦しみを少しでも和らげることができるなら、それを惜しまないという心を持っていました。これは、コヘレトが言う「空」とは対極にある、永遠の輝きです。彼は、自分の小さな手の中にあったものを、愛のために手放す準備ができていた。その無私の願いこそが、彼が神様から受け取っていた最大の賜物でした。そして、その愛は決して消えてはいません。今、彼がこの世を去った後も、その愛の記憶は、家族の絆の中に、そして彼を想う人々の祈りの中に、静かに息づいています。
ライアン君、お兄ちゃんは今もあなたのすぐそばにいます。あなたがこれから歩んでいく人生のどんな時も、お兄ちゃんは天国という一番高い空から、あの優しい笑顔で見守っています。あなたが笑い、自分の翼を広げて新しい空へと飛び立っていくこと。それこそが、お兄ちゃんにとって何よりの喜びです。悲しいときは、お兄ちゃんが大好きだったあの空を見上げてみてください。雲の切れ間から、お兄ちゃんが大好きだった飛行機が航跡を描いていくように、あなたの歩む道を照らす光が必ず見つかります。お兄ちゃんが遺した知恵や、夢や、優しさは、すべてあなたの中に受け継がれています。あなたは一人ではありません。お兄ちゃんは、あなたが自分の人生という翼を広げ、愛と勇気をもって飛び立っていく姿を、天国から一番の特等席で応援してくれています。
画面の向こうでこの祈りに心を合わせているすべての方々へ。もし今、あなたが深い悲しみの中にいるなら、どうか知ってください。あなたの苦しみは、キリストの十字架と一つに結ばれています。神様は、あなたの涙をご存じです。どんなに暗い夜であっても、神様の愛は枯れることはありません。ベンジャミンの人生は、たとえ短かったとしても、神様が用意された「愛の設計図」を完璧に描き切った人生でした。彼は、自分を愛し、家族を愛し、そして世界を愛することを、最後まで貫き通しました。今日、この祈りを終えてそれぞれの日常に戻るとき、ほんの少しだけでいいので、空を見上げてみてください。そして、自分を責める手を止めて、ただ深く息を吸い込んでみてください。ベンジャミンが教えてくれたように、ただ精一杯、今この瞬間を愛すること。それが、私たちにできる唯一の、そして最も美しい祈りです。愛は決して滅びません。ベンジャミンの愛も、皆さんの愛も、神様の愛の中で永遠に結ばれています。ベンジャミン・ヴォ君。あなたの美しい魂は、今、神様の無限の慈しみの中で永遠の安らぎの中にあります。あなたの遺した温かい愛の記憶は、私たちの心の中で消えることのない星として輝き続けます。どうか、あなたを愛してやまないご家族を、これからも優しく見守っていてください。平和の主が、アランさん、タオさん、ライアン君、そしてここに集うすべての人々に、深い癒やしと希望を注いでくださいますように。アーメン。
For the intentions entrusted to Ben on our prayer wall:
At the Savior’s command and formed by divine teaching, we dare to say:
天におられるわたしたちの父よ、み名が聖とされますように。み国が来ますように。みこころが天に行われるとおり地にも行われますように。 わたしたちの日ごとの糧を今日もお与えください。わたしたちの罪をおゆるしください。わたしたちも人をゆるします。わたしたちを誘惑におちいらせず、悪からお救いください。アーメン。
主の祝福が、今も、そしてとこしえに、皆さんの心に留まりますように。父と子と聖霊の御名によって。アーメン。
✝ 全能の神があなたを祝福し、父と、子と、聖霊の恵みがあなたとと もにありますように。アーメン。