父と子と聖霊の御名によって。主イエス・キリストの恵みと平和が、皆さんとともにありますように。
主よ、憐れんでください。 キリストよ、憐れんでください。 主よ、憐れんでください。
ガリラヤの野原、黄金色に輝く麦の穂が風に揺れる、あの安息日の静かな午後の風景を思い浮かべてみてください。弟子たちが空腹のあまり、穂を摘んで揉み、口に運ぶその手つき。その素朴な姿を、律法という厳格な枠組みで凝り固まった人々が、鋭い視線で見つめています。「なぜ、してはならないことをするのか」。彼らにとっての信仰とは、神を愛することよりも、ルールを犯さないことの方が優先されていました。しかし、イエス様は彼らに、ダビデの物語を引き合いに出し、神の愛が人間の作った規則よりもはるかに深いところにあることを教えられます。主は、ご自身こそが安息日の主であると宣言されました。それは、人間を縛るための神ではなく、人間を解放し、養い、真の安らぎを与える神の姿です。
今日、この「穂を揉んで食べる」という、あまりにも人間的で、あまりにも日常的な光景を胸に抱きながら、愛するベンジャミン・ヴォ君の人生と、私たちの悲しみについて、静かに分かち合いたいと思います。ベン君が天の父のもとへと旅立ってから、二ヶ月が過ぎました。アランさん、タオさん、そしてライアン君。あなた方の心には、今もなお、ベン君の温もりを求める深い渇きがあることでしょう。朝の光の中で、あるいは夜の静寂の中で、彼がそこにいないという事実が、まるで鋭い棘のように胸を刺すことがあるかもしれません。
「なぜ、これほどまでに聡明で、優しい魂が、これほど早く旅立たなければならなかったのか」。その問いは、答えのないまま、夜の静けさの中であなた方の心を何度もノックするかもしれません。時には、自分自身を責める声が聞こえてくることもあるでしょう。「もっと早く気づいていれば」「もっと何かできたのではないか」と。アランさん、タオさん。その罪悪感は、あなた方がベン君をどれほど深く愛していたかの証しです。しかし、どうか聞いてください。ベン君の旅立ちは、あなた方のせいではありません。病は、誰の罰でもなく、人間のいかなる注意や配慮をも超えたところで訪れる、この世の悲しい神秘の一部です。神様はあなた方を決して責めてはおられません。むしろ、ベン君という輝く魂を、十五年間、これ以上ないほどの深い慈しみで育み、彼が愛に満ちた人生を送れるよう支え続けたあなた方のその親としての手を、神様は誰よりも尊び、祝福しておられます。どうか、今日、その重すぎる荷物を、主の御前に静かに下ろしてください。あなた方は、ベン君にとって最高の両親でした。
ベン君という少年は、まさに神様が蒔かれた美しい種のような存在でした。数学の難問を解き、AIやクラウド技術といった未来の知に触れ、大好きな飛行機とともに世界を旅した彼の好奇心。しかし、何よりも美しかったのは、彼の優しい心です。叔父様のために自分の貯金箱を差し出そうとした、あの純粋な申し出を覚えていますか。実際に貯金箱が割られることはなかったとしても、その「差し出す」という心こそが、神様の目には何よりも美しい捧げものとして映ったのです。彼は、自分の持っているすべてを、愛のために差し出せる少年でした。その優しさは、彼がこの世を去った後も、カマウに建てられた「愛の井戸」となって、今も渇いた人々の喉を潤し続けています。ベン君の愛は、死という境界線を越えて、今もなお形を変えて、この世界で生き続けているのです。
第一朗読で、聖パウロはコリントの信徒たちにこう問いかけています。「何を持っているのか、持っていないのに受けたのではないか」。すべては神様からの贈り物です。ベン君という存在も、あなた方が共に過ごした十五年という時間も、すべては神様があなた方に託された、かけがえのない宝物でした。パウロは「わたしたちは、キリストのために愚か者となっています」と語ります。世間の理屈や、結果だけで人生を判断する冷たい眼差しではなく、神様の愛という尺度で人生を見つめるとき、ベン君の人生は、短かったのではなく、十分に満たされていたのだと気づかされます。彼は、神様から受け取った愛を、余すところなく使い果たし、そして神様の愛という大きな懐へと帰っていったのです。
お父様がご覧になったあの夢の中で、ベン君は「パパ、テストは全部パスしたよ」と語りかけてくれました。その言葉は、彼がこの世のすべての試練を、神様の愛という革袋の中で見事に乗り越えたことを示しています。彼は今、病の苦しみや制限から完全に解き放たれ、大好きなボーイング737の翼に乗って、天国の無限の空を自由に羽ばたいています。彼は、同じく十五歳で天に召された聖カルロ・アクティスとともに、天国の宴の席で、あの braces(矯正器具)のついた純粋な笑顔を浮かべて、あなた方を見守っています。
弟のライアン君。お兄ちゃんは、今もあなたのすぐそばにいます。あなたがこれから歩んでいく人生のどんな時も、お兄ちゃんは天国から「ライアン、頑張れ」と優しい眼差しを向けています。あなたが笑い、幸せに生きること。それこそが、お兄ちゃんにとっての何よりの喜びです。お兄ちゃんが大好きだったあの「コン・チム航空」のように、夢を大きく広げて、自分の道を歩んでいってください。お兄ちゃんは、あなたの心の中に、今も生き続けています。
画面を通してこの祈りを捧げているすべての皆さま。今、深い悲しみの中にいるご家族、そして病と闘っている子供たち。神様は、あなたの流す涙を一滴も無駄にされません。私たちの人生がどれほど未完成に思えても、神様はそこに新しい命の穂を実らせ、私たちを養ってくださいます。今日、この祈りを終えて日常に戻るとき、一つだけ心に留めてください。それは、自分の力で何とかしようと焦るのではなく、ただ神様の言葉に身を委ねてみるということです。ベン君という愛を胸に、もう一度、神様の愛という海に網を投げ入れてみてください。そこには必ず、あなたの想像を超える神様の慰めと愛が、豊かに満ちているはずです。
ベンジャミン・ヴォ君。あなたの美しい魂は、今、神様の無限の慈しみの中で安らぎの中にあります。あなたの遺した温かい愛の記憶は、私たちの心の中で決して消えることのない光として輝き続けます。どうか、あなたを愛してやまないご家族を、これからも優しく見守っていてください。平和の主が、アランさん、タオさん、ライアン君、そしてここに集うすべての人々に、深い癒やしと希望を注いでくださいますように。アーメン。
For the intentions entrusted to Ben on our prayer wall:
At the Savior’s command and formed by divine teaching, we dare to say:
天におられるわたしたちの父よ、み名が聖とされますように。み国が来ますように。みこころが天に行われるとおり地にも行われますように。 わたしたちの日ごとの糧を今日もお与えください。わたしたちの罪をおゆるしください。わたしたちも人をゆるします。わたしたちを誘惑におちいらせず、悪からお救いください。アーメン。
主の平和がいつもあなた方とともにありますように。全能の神、父と子と聖霊が、あなた方を祝福し、守ってくださいますように。
✝ 全能の神があなたを祝福し、父と、子と、聖霊の恵みがあなたとと もにありますように。アーメン。