父と子と聖霊のみ名によって。主イエス・キリストの恵み、神の愛、聖霊の交わりが皆さんとともに。今日は、息子の回心のために祈り続けた聖モニカを記念し、愛するベンジャミン君とご家族のために心を合わせて祈りましょう。
主よ、わたしたちをあわれんでください。 キリストよ、わたしたちをあわれんでください。 主よ、わたしたちをあわれんでください。
空港の展望デッキに立つ、一人の少年と父親の姿を思い浮かべてみてください……。
そこには、ただ飛行機を眺めているだけではない、深い集中と喜びがあります。エンジンの轟音、翼のしなり、そして大空へと吸い込まれていく機体の軌跡。少年は、次にどの機体が滑走路に向かうのか、どの便が遠くの街から帰ってくるのか、じっと目を凝らして待っています。その横顔には、退屈の色など微塵もありません。あるのは、これから起こる素晴らしい出来事への、純粋な期待と、一瞬も見逃すまいとする「目覚めた心」です。
愛するベンジャミン・ヴォ君――ベン君は、お父様のアランさんとともに、この「エアポート・スポッティング」という静かな、しかし情熱に満ちた時間を、世界中の多くの都市で共有してきました。ボーイング737の美しいフォルムを見つめ、大空への憧れを語り合ったあの時間は、ベン君にとって、単なる趣味以上の、父と息子の魂が共鳴する聖なる「待ち時間」だったのではないでしょうか。
今日、私たちは聖モニカの記念日を祝っています。モニカもまた、人生の長い時間を「待つこと」に捧げた女性でした。彼女は、放蕩の限りを尽くしていた息子アウグスティヌスが、いつか神のもとへ帰ってくることを信じ、涙ながらに祈り、待ち続けました。彼女の「待つこと」は、受動的な諦めではなく、愛する者のために魂を研ぎ澄ませておく、能動的な「目覚め」でした。
今日の福音の中で、主イエスは私たちに語りかけられます。「目を覚ましていなさい。いつの日、主が来られるか、あなたがたには分からないからである」。
ベン君が天の父のもとへと旅立たれてから、今日でちょうど二ヶ月が経ちました。六月十三日から、今日という日まで……。アランさん、タオさん、そしてライアン君。この二ヶ月という月日は、あなた方にとって、どのような時間だったでしょうか。最初の衝撃が、日常という形を持った深い「不在」へと変わっていく時期かもしれません。家の中に広がる静けさが、以前よりも重く、鋭く感じられることもあるでしょう。福音書が語る「盗賊が家を押し破る」という表現のように、死という理不尽な出来事が、あなた方の平和な家庭を突然襲い、大切な宝物を奪い去ったかのような、激しい喪失感の中にいらっしゃることとお察しいたします。
しかし、今日の第一朗読で、聖パウロはコリントの信徒たちに、そして今この時を生きる私たちに、力強い希望の言葉を投げかけています。「神は忠実な方です。あなたがたを、御子、わたしたちの主イエス・キリストとの交わりに招き入れてくださったのは、この神にほかなりません」。
パウロは、私たちが「主イエス・キリストの現れを待ち望んでいる」と言います。そして、神は私たちを最後まで「堅く立たせてくださる」と約束しています。この「堅く立たせてくださる」という言葉は、ベン君の生き方そのものを表しているように思えてなりません。
ベン君は、わずか十五年の生涯の中で、誰よりも「目覚めた」生き方をしていました。彼の知性は、単なる知識の蓄積ではなく、世界に対する深い好奇心と、真理を求める情熱に裏打ちされていました。十代という若さで、AIやクラウド・インフラ、デブオプス(DevOps)といった最先端の技術を自ら学び、お父様と同じAWSの世界を理解しようとしたその姿勢。それは、主が言われた「忠実で賢い僕」そのものの姿です。彼は、神様から与えられた「知性」というタラントンを、眠らせておくことなく、精一杯に磨き、用いていました。GitHubのレポジトリに刻まれたコードの一行一行は、彼がこの地上で、どれほど真剣に、そして楽しみながら「目覚めて」働いていたかという証しです。
そして、ベン君の「目覚め」は、知性だけにとどまりませんでした。彼は何よりも、愛に対して目覚めていました。十二歳のとき、お父様の四十歳の誕生日に、いつかお父様を失うかもしれないという予感に涙したあの心。それは、愛する人との絆の尊さを、誰よりも深く理解していたからこそ流された、清らかな涙でした。彼は、自分がどれほど愛されているかを知っており、同時に、周りの人々を愛することに全力を尽くしていました。バドミントンのコートで見せた「やり遂げることがすべてだ」という不屈の精神も、家族とともに世界中を旅した「パーフェクト・フォー(完璧な四人)」としての絆も、すべては彼の豊かな愛の現れでした。
アランさん、タオさん。この二ヶ月間、あなた方は何度も、あの「いちじくの木の下」のような静かな場所で、あるいはベン君のいない部屋で、「なぜ」と問いかけてこられたことでしょう。なぜ、これほどまでに輝かしく、優しいベンが、これほど早く行かなければならなかったのか。その問いは、時にご自身を責める声となって響いたかもしれません。「もっと何かできたのではないか」「自分の何かが足りなかったのではないか」……。
今日、聖モニカの執り成しを求めながら、主イエスの御名において、あなた方のその重荷を降ろさせてください。かつて弟子たちが、苦しむ人を見て「だれが罪を犯したのですか」と尋ねたとき、イエス様は答えられました。「本人が罪を犯したのでも、両親が罪を犯したのでもない。神の業が彼に現れるためである」(ヨハネ9:3)。
ベン君の病も、その旅立ちも、絶対に誰のせいでもありません。あなた方の愛が足りなかったからでも、何かを見落としたからでもありません。それは、人間の理解やコントロールをはるかに超えた、この地上の深い神秘の一部なのです。神様はあなた方を決して責めてはおられません。むしろ、ベン君というかけがえのない魂を、十五年間、これ以上ないほどの深い慈しみで包み込み、育て上げたあなた方のその「愛の目覚め」を、神様は誰よりも尊び、祝福しておられます。ご自分を責めるのを、どうかおやめください。あなた方は、最高の親でした。ベン君は、世界で一番幸せな息子として、あなた方の愛を全身に浴びて育ったのです。
ベン君は、お父様の夢の中に現れてくれましたね。「お父さん、テストはどれも全部パスしたよ。自分で普通に呼吸できるんだ……。大丈夫、パパとママを見守っているからね」と。その夢の中で、ベン君は、地上の肉体の制限をすべて脱ぎ捨て、天国の「合格通知」を誇らしげに掲げていました。彼は今、神様の無限の愛という大空の中で、大好きな飛行機のように、自由に、そして安らかに羽ばたいています。そこにはもう、息苦しさも、痛みも、涙もありません。
ベン君が夢見た「コン・チム航空(小鳥航空)」。その名前を口にするとき、彼はいつもクスクスと笑い、本当に幸せそうでした。今、その「小鳥」は、聖母マリア様や聖カルロ・アクティスとともに、天の祝宴の席で、あの輝くような笑顔を振りまいています。ベトナムのカマウに建てられた「愛の井戸(Giếng Gioan Baotixita)」から湧き出る水が、渇いた人々の心を潤すように、ベン君が遺した愛の記憶は、これからも多くの人々に希望を与え続けるでしょう。
弟のライアン君。
お兄ちゃんは、あなたのことを今も、誰よりも誇りに思っています。世界中を一緒に旅したときのように、お兄ちゃんは今も、あなたのすぐ隣で、新しい景色を一緒に眺めています。あなたがこれから成長していくその一歩一歩を、お兄ちゃんは天国から、あの優しい目で見守り、応援しています。寂しいときは、空を見上げてごらん。そこには、あなたを愛してやまないお兄ちゃんの温もりが、光となって降り注いでいます。
画面を通して祈りを合わせている皆さん。病と闘っている子どもたち、そして愛する人を失い、心の扉を閉ざしてしまいそうなすべてのご家族の皆さん。神様は、私たちの流す涙を、ご自身の掌にすべて集めてくださいます。パウロが言うように、神様は「忠実な方」です。私たちがどんなに暗い夜の中にいても、主は「目を覚ましていなさい。わたしはあなたとともにいる」と語りかけ、私たちを支えてくださいます。
今日、この祈りの集いを終えて、皆さんがそれぞれの生活に戻るとき、一つの小さなことを持ち帰ってください。
それは、今日、空を見上げるとき、あるいは身近な人の笑顔を見るとき、そこに「神様の忠実な愛」が働いていることを信じる、ということです。ベン君が空港で飛行機を待っていたときのような、あの純粋な期待を持って、今日という日を生きてみてください。
私たちが、日々の小さな出来事の中に神様の愛を見出し、目覚めて生きること。それこそが、ベン君が私たちに教えてくれた、最も美しい生き方なのです。
ベンジャミン・ヴォ君。あなたの美しい魂は、今、神様の御手の中で、永遠の安息に包まれています。あなたの遺した温かい光を、私たちは決して忘れません。天国から、どうか私たちを、そして大好きなご家族を、これからも優しく導いてください。
平和の主ご自身が、アランさん、タオさん、ライアン君、そして今日祈りを合わせるすべての人々の上に、常に、豊かな平和を注いでくださいますように。
アーメン。
For the intentions entrusted to Ben on our prayer wall:
At the Savior’s command and formed by divine teaching, we dare to say:
天におられるわたしたちの父よ、み名が聖とされますように。み国が来ますように。みこころが天に行われるとおり地にも行われますように。 わたしたちの日ごとの糧を今日もお与えください。わたしたちの罪をおゆるしください。わたしたちも人をゆるします。わたしたちを誘惑におちいらせず、悪からお救いください。アーメン。
主が皆さんを祝福し、守ってくださいますように。主がみ顔を向けて、慈しみと平和を注いでくださいますように。父と子と聖霊のみ名によって。アーメン。
✝ 全能の神があなたを祝福し、父と、子と、聖霊の恵みがあなたとと もにありますように。アーメン。