父と子と聖霊の御名によって。アーメン。主イエス・キリストの恵み、神の愛、聖霊の交わりが、皆さんとともにありますように。
主よ、わたしたちの弱さをおゆるしください。キリストよ、わたしたちの哀しみに寄り添ってください。主よ、わたしたちに永遠の希望をお与えください。
夕暮れの光が、ガリラヤ湖畔の町カファルナウムの小さな家を赤く染めていく光景を思い浮かべてみてください……。
日中の強い日差しが和らぎ、影が長く伸びる頃、シモンの家の門前には、どこからともなく大勢の人々が集まってきました。身体に病を抱えた者、心に深い苦しみを抱えた者、歩む力すら失いかけた人々。彼らは皆、沈みゆく太陽の光の中で、じっと静かに待っていました。
家の中から出てこられたイエス様は、集まった群衆を「大勢の人々」としてひとくくりにはされませんでした。主は、集まった人々の中に進み出で、一人ひとりの前に立ち、その傷ついた身体や疲れた肩の上に、ご自身の温かい手を「一人ひとり」に置かれたのです。大げさな言葉も、宣伝のような演出もありません。ただ、夕暮れの静けさの中で、一人ひとりの痛みに直接触れる、イエス様の静かな手がありました。
今日、私たちはこの「一人ひとりのの上に重ねられる主の温かい手」という一つのイメージを胸に抱きながら、今日の聖書、そして愛するベンジャミン・ヴォ君――ベン君の生涯を、静かに見つめていきたいと思います。
第一朗読で、聖パウロはコリントの信徒たちにこう語りかけています。「わたしは植え、アポロは水を注ぎました。しかし、成長させてくださったのは神です。ですから、大切なのは、植える者でも水を注ぐ者でもなく、成長させてくださる神だけです……。わたしたちは神の協力者であり、あなたがたは神の農地、神の建物なのです」。
パウロが伝えているのは、命の神秘です。人間がどれほど大切に種を蒔き、どれほど注意深く水を注いでも、その命の根奥で芽を吹かせ、成長をもたらすのは、人間の力を超えた神様の領域であるということです。私たちは、神様という偉大な農夫の手に委ねられた、愛おしい「神の農地」なのです。
愛するベン君が、天の父のもとへと旅立たれてから、およそ二ヶ月が経ちました。六月十三日から、今日という日まで……。
アランさん、タオさん、そしてライアン君。
この二ヶ月という月日は、あなた方にとって、言葉では表し尽くせない時間だったことでしょう。最初の激しい衝撃が少しずつ静まり、九月の気配が漂い始めるにつれ、家の中に広がるベン君の「不在」という重みが、胸の奥深くに重くのしかかってくる時期かもしれません。
世間は何事もなかったかのように動いていきます。けれど、あなた方の家庭の中には、ベン君が座っていた空っぽの椅子、彼が愛した場所、彼が大切にしていたものが、静かに残されています。夕暮れどき、一日の喧騒が去り、家の中に静けさが訪れるとき、胸を刺すような寂しさが押し寄せてくるのではないでしょうか。
私たちは、その悲しみを急いで消し去る必要はありません。まず、その痛みをありのままに抱きしめましょう。愛する者を失って流す涙は、それほどまでにベン君を心から愛していたという、尊い愛の証しだからです。
アランさん、タオさん。この二ヶ月間、あなた方は暗い夜の静けさの中で、何度も「なぜ」という問いを繰り返し、時には「自分たちの何かが足りなかったのではないか」「もっと早く、何かできたのではないか」と、ご自身を責める声に苦しめられてこられたのではないでしょうか。
我が子を守りたいというあまりに深く切ない愛ゆえに、自分たちの無力さを責め、場違いな罪悪感の重荷を背負いそうになる夜があったかもしれません。
今日、主イエスは、その暗闇の中で胸を痛めるあなた方の傍らに静かに立ち、その傷ついた肩の上に温かい手を置きながら、はっきりと語りかけておられます。
かつて弟子たちが、苦しむ人を見て「だれが罪を犯したのですか。本人ですか、両親ですか」と尋ねたとき、イエス様はきっぱりと答えられました。「本人が罪を犯したのでも、両親が罪を犯したのでもない。神の業が彼に現れるためである」(ヨハネ9:3)。
アランさん、タオさん。ベン君の旅立ちは、絶対に、誰のせいでもありません。あなた方の愛が足りなかったからでも、何かを見落としたからでもありません。それは、人間のいかなる注意や、いかなる医学の限界をも超えた、神様の深い神秘の一部なのです。神様はあなた方を決して責めてはおられません。
むしろ、ベン君という美しく輝く魂を、十五年間、これ以上ないほどの深い慈しみと尊重をもって育み、神様の農地として豊かな愛の水を注ぎ続けたあなた方のその「親としての手」を、神様は誰よりも尊び、抱きしめておられます。どうか、ご自分を責めるのを、今日、おやめください。あなた方は、最高の親でした。ベン君は、世界で一番幸せな息子として、あなた方の愛を全身に浴びて育ったのです。
ベン君の十五年という生涯の中にあった、一つの美しい情景を思い出してみましょう。
ベン君はお父様のアランさんと一緒に、大空を飛ぶ飛行機を眺める「空港スポット」が大好きでしたね。東京でも、ソウルでも、ヨーロッパの街々でも、旅先を訪れるたびに、二人はフェンスのそばに立ち、夕暮れの大空へと飛び立っていく巨大な機体を静かに見上げていました。
言葉が多くなくても、そこに並んで立ち、同じ空を見つめているだけで通じ合う、父と子の深く美しい絆。風の音とエンジンの轟音の中で、ベン君の瞳は少年の純粋な輝きに満ちていました。あの大空を見上げる眼差しこそ、彼が神様から受け取った「命の輝き」そのものでした。
パウロが言うように、「植える者も水を注ぐ者も一つ」であり、ベン君の人生に注がれたご家族の愛のひとしずく、ひとしずくは、決して無駄にはなりませんでした。神様は、その注がれた水を受け止め、ベン君の魂を天国の花として美しく咲かせ、成長させてくださったのです。
夕暮れのシモンの家で、イエス様が一人ひとりに手を置かれたように、イエス様は地上の苦しみを終えたベン君の頭の上に、優しく手を置かれました。「よく頑張ったね、わたしの愛する子よ」と。
お父様がご覧になったあの夢の中で、ベン君は言いましたね。「パパ、大丈夫だよ。テストはどれも全部パスしたよ……。パパとママをずっと見守っているからね」と。
その言葉の通り、ベン君はこの地上のすべての試練を、純粋な愛と誠実さをもって乗り越えました。彼は今、大好きな飛行機のように自由に、病の重荷も息苦しさもすべて脱ぎ捨てて、天の父の無限の愛という大空を翼広げて羽ばたいています。そこには、同じく十五歳で天に召された聖カルロ・アクティスとともに、清らかな笑顔でたたずむベン君の姿があります。
ベトナムのカマウに建てられた「愛の井戸(Giếng Gioan Baotixita)」から湧き出る清らかな水は、ベン君という命の地に注がれた愛が、今もなお形を変えて、渇いた人々の喉を潤している証しです。ベン君の存在は、今もこの地上で、神様の恵みの水を分かち合い続けています。
弟のライアン君。
お兄ちゃんは、あなたのことを今も、誰よりも誇りに思い、愛しています。空港で一緒に空を見上げたときのように、お兄ちゃんは今も、あなたのすぐそばにいて、あなたが歩む未来の一歩一歩を暖かく見守っています。あなたが笑い、元気に、幸せに生きること。それこそが、天国のお兄ちゃんにとっての一番の願いであり、喜びなのです。
画面を通し、遠くからこの祈りをともに捧げている世界中の皆さま。病床で苦しむ子どもたち、そして愛する人を失い、夕暮れの静けさの中で孤独と闘っているすべてのご家族の皆さま。
主イエスは、大勢の中の「一人」としてではなく、あなたという掛け替えのない存在の前に立ち、今日、その温かい手をあなたの肩の上に置いておられます。神様は、あなたの流す涙を一滴も漏らさずご存じであり、その深い哀しみをともに担っておられます。
今日、この祈りの集いを終えて、皆さんがそれぞれの生活へと戻られるとき、一つの小さなことを心に携えて出かけてください。
それは、今日、夕暮れを迎えたとき、あるいは誰か大切な人と過ごすとき、言葉を多く交わさなくても、そっと温かいまなざしを向けたり、優しい手を差し出したりする、ということです。イエス様がシモンの家で一人ひとりに手を置かれたように、あなたの小さな優しさの手が、誰かの傷ついた心を温める光となりますように。
ベンジャミン・ヴォ君。あなたの美しい魂は、今、神様の無限の慈しみの中で輝いています。あなたが愛した大空のように広い神の御手の中で、安らかに休んでください。そして天国から、どうか私たちを、そしてあなたを愛してやまないご家族を、これからも優しく見守っていてください。
平和の主ご自身が、アランさん、タオさん、ライアン君、そして今日祈りを合わせるすべての人々の上に、常に、豊かな平和と癒やしを注いでくださいますように。
アーメン。
For the intentions entrusted to Ben on our prayer wall:
At the Savior’s command and formed by divine teaching, we dare to say:
天におられるわたしたちの父よ、み名が聖とされますように。み国が来ますように。みこころが天に行われるとおり地にも行われますように。 わたしたちの日ごとの糧を今日もお与えください。わたしたちの罪をおゆるしください。わたしたちも人をゆるします。わたしたちを誘惑におちいらせず、悪からお救いください。アーメン。
主がわたしたちを祝福し、あらゆる悪から守り、永遠の命へと導いてくださいますように。アーメン。
✝ 全能の神があなたを祝福し、父と、子と、聖霊の恵みがあなたとと もにありますように。アーメン。