父と子と聖霊の御名によって。アーメン。主の平和が皆さんとともにありますように。
主よ、わたしたちの弱さと痛みを深くお赦しください。主よ、あわれみたまえ。 キリストよ、悲しむ心にそっと寄り添ってください。キリスト、あわれみたまえ。 主よ、希望の光でわたしたちを満たしてください。主よ、あわれみたまえ。
愛する兄弟姉妹の皆さん。
今日の第一朗読で、預言者イザヤは神様の温かい招きを告げています。「渇いている者はみな、水に来たりなさい。金のない者も来なさい。来て食べよ」と…。(イザヤ55:1)
神様は、私たちが何も持っていなくても、ただ乾いた心と悲しみを抱えて御もとに進み出ることを、両手を広げて待っておられます。
そして今日の福音で、イエス様は押し寄せた大勢の群衆をご覧になり、深く心を動かされました。夕暮れになり、弟子たちは「群衆を解散させて、自分で食べ物を買わせましょう」と言いましたが、イエス様は「あなたがたの手で彼らに食べ物を与えなさい」とお命じになります。五つのパンと二匹の魚。人間の目にはあまりにも小さく、心もとないものでした。しかし、イエス様が感謝の祈りを捧げて分け与えられると、すべての人が食べて満腹したのです。(マタイ14:20)
ベンジャミン・ヴォ君が天の父のもとへ旅立たれてから、今日で7週間が経ちました。
ベン君は、自分が持つ小さなものや優しさを、周りの人々と分かち合うことに大きな喜びを感じる少年でしたね。
先日、お父様のアランさんが見られた温かな夢の中でも、アイスクリームの列に並び、ベン君が誇らしげにお金を払って、お父さんをごちそうしてくれたことがあったそうです…。夢の中でも、ベン君のあの無邪気で優しい笑顔は、家族を喜ばせたいという愛に満ちていました。
渇く人々に命の水を届ける井戸がベン君の名において捧げられたように、彼の遺した小さな愛は、今も静かに誰かの心を潤しています。
聖パウロはローマの教会へ力強く問いかけます。「何が、わたしたちをキリストの愛から引き離すことができようか。苦難か、行き詰まりか…死も、命も、現在のことも将来のことも、わたしたちの主キリスト・イエスにおいて示された神の愛から、わたしたちを引き離すことはできない」と。(ローマ8:35, 38-39)
ベンジャミン君の15年という尊い生涯も、決して死によって失われたわけではありません。ベン君は今、天の宴で、聖カルロ・アクティスとともにイエス様の食卓に座り、神様の無限の愛で満たされています。
お父様のアランさん、お母様のタオさん、そして弟のライアン君。
この7週間、静けさの中でふと溢れる淋しさがあるとき、どうぞ今日のイエス様のまなざしを思い起こしてください。イエス様は皆さんの流す涙を惜しみなく受け止め、その傷ついた心を慰めのパンで満たそうとしておられます。
遠くからこの祈りをともに捧げている皆さん、病の床にある子どもたち、そして重い十字架を背負うご家族の皆さんに、神様の豊かで溢れんばかりの平和が与えられますように。アーメン。
For the intentions entrusted to Ben on our prayer wall:
At the Savior’s command and formed by divine teaching, we dare to say:
天におられるわたしたちの父よ、み名が聖とされますように。み国が来ますように。みこころが天に行われるとおり地にも行われますように。 わたしたちの日ごとの糧を今日もお与えください。わたしたちの罪をおゆるしください。わたしたちも人をゆるします。わたしたちを誘惑におちいらせず、悪からお救いください。アーメン。
主が皆さんとともにありますように。全能の神、父と子と聖霊の祝福が皆さんの上にありますように。アーメン。
✝ 全能の神があなたを祝福し、父と、子と、聖霊の恵みがあなたとと もにありますように。アーメン。