父と子と聖霊の御名によって。アーメン。
恵みと平和が皆さんと共にありますように。
主よ、あわれみたまえ。 キリストよ、あわれみたまえ。 主よ、あわれみたまえ。
今日の第一朗読で、預言者ミカは、悪事を企み、弱い者から畑や家を奪う人々に対して、主が災いを計画していると厳しく告げます。彼らは自分の力の中にある限り、悪事を成し遂げようとします。しかし、主は彼らの傲慢さを打ち砕き、「この民族に対して災いを計画している」と宣言されます。
一方、今日の福音では、ファリサイ派の人々がイエス様を殺そうと企んでいるにもかかわらず、イエス様は彼らから身を引かれ、多くの人々を癒されます。そして、イザヤの預言の成就として、「見よ、わたしの選んだわたしの僕、わたしの愛する者、わたしの心の喜ぶ者。わたしは彼の上にわたしの霊を置く。彼は異邦人に裁きを告げ知らせる」と語られます。さらに、「傷ついた葦を折ることなく、くすぶる灯心を消すこともない」と、その優しい奉仕の姿が描かれています。
この二つの朗読は、私たちに何を教えているのでしょうか。第一朗読は、人間の悪意と、それに対する神の義なる裁きを示しています。しかし福音は、それとは対照的に、神の僕であるイエス様が、敵意に満ちた世界の中で、いかに優しく、忍耐強く、そして癒しをもって奉仕されるかを描いています。イエス様は、傷ついた者、弱っている者を決して見捨てることはありません。むしろ、彼らに希望と裁きをもたらすために来られたのです。
愛するベンジャミン・ヴォ君が天に召されてから5週間が経ちました。ベン君は、その短い人生の中で、どれほど多くの愛と喜びを分かち合ったことでしょう。彼は、その優れた知性だけでなく、周りの人々、特に家族への深い共感と優しさで知られていました。12歳の時、お父様の40歳の誕生日に、お父様を失うことを恐れて涙を流したという話は、彼の心の奥底にある、愛情深く、繊細な魂を物語っています。彼は、まさに神の憐れみを映し出すような、優しい心を持った少年でした。
ベン君の人生は、私たちに、神が与えてくださる命の尊さ、そして、たとえ若くして人生を終えたとしても、神の御心の中には深い意味と目的があることを教えてくれます。彼は今、天の宴で、聖カルロ・アクティスと共に、神の無限の憐れみと愛の中で安らかに憩っていることでしょう。
ベン君のご両親、アランさんとタオさん、そして弟のライアン君にとって、この喪失は筆舌に尽くしがたい悲しみであり、重荷であることと思います。また、ベン君を愛したすべてのおじ、おば、そして親しい方々も、深い悲しみの中にいらっしゃることでしょう。今日の福音のイエス様のように、神は傷ついた葦を折ることなく、くすぶる灯心を消すこともありません。神は、皆さんの痛み、悲しみ、そして心の中の小さな希望の炎を、決して消し去ることはありません。むしろ、その全てを優しく包み込み、癒し、慰めを与えてくださるのです。
遠くからこの祈りに参加されている皆さん、特に、同じように苦しんでいる子供たち、そして重い十字架を背負っているすべての家族の皆さん。神は皆さん一人ひとりを、そのまなざしで見つめ、抱きしめてくださっています。ベン君の優しい心、彼が分かち合った愛が、皆さんの心に希望の光を灯し続けてくれますように。そして、彼が今、神の平和の中で安らかに憩っていることを信じ、私たちもまた、神の優しさと愛の中で、希望と慰めを見いだすことができますように。アーメン。
For the intentions entrusted to Ben on our prayer wall:
At the Savior’s command and formed by divine teaching, we dare to say:
天におられるわたしたちの父よ、み名が聖とされますように。み国が来ますように。みこころが天に行われるとおり地にも行われますように。 わたしたちの日ごとの糧を今日もお与えください。わたしたちの罪をおゆるしください。わたしたちも人をゆるします。わたしたちを誘惑におちいらせず、悪からお救いください。アーメン。
主の平和がいつも皆さんと共にありますように。
全能の神、父と子と聖霊の祝福が皆さんの上にありますように。アーメン。
✝ 全能の神があなたを祝福し、父と、子と、聖霊の恵みがあなたとと もにありますように。アーメン。