父と子と聖霊の御名によって。アーメン。
恵みと平和が皆さんとともにありますように。
主よ、憐れんでください。 キリストよ、憐れんでください。 主よ、憐れんでください。
今日の第一朗読で、預言者ミカは、私たちを牧する神の姿を描いています。「あなたの杖であなたの民を牧してください。あなたの嗣業の群れを」。神は、まるで羊飼いがその群れを導くように、私たちを導き、罪を赦し、怒りを永く抱かず、慈しみを喜ばれる方であると語られています。そして、私たちの罪を海の深みに投げ入れ、「ヤコブにはまことの愛を、アブラハムには恵みを示される」と約束されています。
一方、今日の福音では、イエス様が群衆に語りかけている最中に、ご自身の母と兄弟たちが外に立って、話したがっていると告げられます。するとイエス様は、「わたしの母とはだれか。わたしの兄弟とはだれか」と問いかけ、弟子たちの方に手を差し伸べて言われます。「見なさい。ここにわたしの母、わたしの兄弟がいる。わたしの天の父の御心を行う人が、わたしの兄弟、姉妹、また母なのだ」。
この二つの朗読は、私たちに何を教えているのでしょうか。ミカ書は、神がどれほど深い慈しみと赦しをもって私たちを愛しておられるかを示しています。神は、私たちの罪を海の深みに投げ入れ、私たちを完全に赦してくださる方です。そして、福音は、イエス様が、血縁関係を超えて、神の御心を行う人々を真の家族と見なされることを教えています。それは、神の家族の一員となるための招きです… 私たちの行いを通して、神の愛に応える招きです。
愛するベンジャミン・ヴォ君が天に召されてから5週間が経ちました。ベン君は、その短い人生の中で、どれほど多くの愛と喜びを分かち合ったことでしょう。彼は、その優れた知性と、技術への深い好奇心を持っていました。AI、DevOps、クラウドインフラといった分野に14歳で飛び込み、お父様と同じAWS環境を学び、複雑なビジネスやゲームのアイデアを大人顔負けの洗練された言葉で語っていたそうです。ベン君のこの飽くなき探求心、新しい知識を吸収しようとする喜びは、まさに神が彼に与えた賜物でした。彼は、神の創造の神秘を、その知性をもって探求していたのかもしれません。
ベン君の人生は、私たちに、神が与えてくださる命の尊さ、そして、たとえ若くして人生を終えたとしても、神の御心の中には深い意味と目的があることを教えてくれます。彼は今、天の宴で、聖カルロ・アクティスと共に、神の無限の憐れみと愛の中で安らかに憩っていることでしょう。
ベン君のご両親、アランさんとタオさん、そして弟のライアン君にとって、この喪失は筆舌に尽くしがたい悲しみであり、重荷であることと思います。また、ベン君を愛したすべてのおじ、おば、そして親しい方々も、深い悲しみの中にいらっしゃることでしょう。今日の福音の言葉は、私たちに、神の御心を行うことこそが、神の家族の一員となる道だと教えてくれます。ベン君の知的な好奇心と探求心は、神の御心を探し求める心でもあったのかもしれません。
遠くからこの祈りに参加されている皆さん、特に、同じように苦しんでいる子供たち、そして重い十字架を背負っているすべての家族の皆さん。神は皆さん一人ひとりを、そのまなざしで見つめ、抱きしめてくださっています。ベン君が新しい知識を探求する喜びを知っていたように、私たちもまた、日々の生活の中に神の愛と御心を見つけることができますように。そして、神の愛と慰めの中で、希望を見いだすことができますように。アーメン。
For the intentions entrusted to Ben on our prayer wall:
At the Savior’s command and formed by divine teaching, we dare to say:
天におられるわたしたちの父よ、み名が聖とされますように。み国が来ますように。みこころが天に行われるとおり地にも行われますように。 わたしたちの日ごとの糧を今日もお与えください。わたしたちの罪をおゆるしください。わたしたちも人をゆるします。わたしたちを誘惑におちいらせず、悪からお救いください。アーメン。
主が皆さんとともに。全能の神、父と子と聖霊の祝福が皆さんの上にありますように。アーメン。
✝ 全能の神があなたを祝福し、父と、子と、聖霊の恵みがあなたとと もにありますように。アーメン。